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人が人に求めるもの

下書きしては消し、下書きしては消し、ひとつ記事を書くのって、どうしてこんなに難しいのかな?

たぶん、やっぱりどこかに面白くなきゃとか、役に立つ記事を書かなきゃとか、知らず知らずに色気を出してしまっているんだろうと思う。

きょうは本当に日常のこと。

この前、日比谷でずっと見たかった「ストーリー・オブ・マイ・ライフ」という映画を観た。

少女時代に愛読していた「若草物語」を新視点で再映画化した作品。シアーシャ・ローナンの演じるみずみずしいジョーが印象的だった。

若草物語は、メグ、ジョー、ベス、エイミーという四姉妹が主人公だけれど、私は中学生のころ、ベスが一番好きだった。大人しくて優しくて、内気だけれど誰からも愛されている、というのが理想的に思えた。

「ベスみたいになりたい」と日記にずっと書いていた。そしてそのために努力もしていた。(ベスとは正反対の性格だったのに)

でも、それから長ーい年月がたってわかったことは、結局人は正直な人が好きなんだっていうこと。

正直な人というのは、「こんな自分になりたい」「自分のことをこんなふうに思ってもらいたい」というのをどこかであきらめた人、あるいはそんなことを夢にも思わないで生きてきた人のどちらかだ。たぶん。

そういう人のそばにいると、安心する。そしてたぶん、人が人に求めているのは安心感なんだと思う。

ベスはベスらしく、正直だから愛された。優しかったからでも、いい子だったからでもなく、ベスだから。

ジョーもまた、ジョーらしく熱く激しく生きたから、150年以上たった今でも読者に愛され続けている。メグもエイミーも。そして読者は彼女たちの失敗も弱さも、自分たちのものとして、共感し、いとおしむ。

そう知っていても、ああそれでもなお、(ひとに好かれたいという)色気を捨てさるのは、なかなかむずかしい課題です。




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