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寄り添うというのはきちんと対話を考える事からだよ。

そういうことを最近ぐらついている感情や心で考えた。
冷静さを失った状態じゃよくもわるくも色んな事がうまくいかないなあって。

距離感や心のふれあい方も違うからね、まあ近すぎても大丈夫な人は平気かもしれないけれど、必ずしも自分の感覚や行動がその人に沿うわけでもないから、傷つける事は恐れてはだめだけど、傷つける事を前提にした話すのは違うので色々テクニックが必要だなあと感じる。

対話とはきちんとその人がどういうものを考えているか、どんな前提で話しているかを汲み取る作業なのかもしれない。

意味をとらえるのは苦手なので非常に難儀にはしているが、それをうまれもった障害や病気のせいで放棄するというのは考えてはいない。

普通の人よりは嫌われたり誤解される回数は多いだろうが、なんだかんだ残ってくれる友人や仲間、新たになってくれる人達がいるので僕は幸福だ。

その僕と出会ってお互いに認め合える人達が幸福であればいいとおもうよ。僕らはそれぞれの物語を主人公として歩いているからね。

自分を向上し暮らしていける人達でないとなかなかに共生や共存は難しいとおもうから。

今日も明日も幸せを願える誰かのためと自分のために生きましょう



発達障害当事者の詩人が色々と経験しながら生きていくかんじです。興味あれば支援してくださるとありがたいです