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仕入税額控除における「課税仕入れに係る支払対価」の意義 ~名古屋高判平成25年3月28日の批判的検討~

事案の概要


 納税者は、裁判所の不動産競売でマンションを落札し、裁判所に代金を納付して前所有者から本件マンションの所有権を取得した。
前所有者は、本件マンションの管理組合に支払うべき管理費を滞納していたため、区分所有法8条により滞納管理費債務を承継した新所有者である納税者は、管理組合に対して滞納管理費を支払った。
納税者は、滞納管理費の支払いは実質的にはマンションの売買の支払対価の一部だといえるとして、これが仕入税額控除の対象となる「課税仕入れに係る支払対価」(消費税法30条1項)に当たると主張した(図1参照)。

【図1】

原審(第一審)の判断


原審(名古屋地判平成24年10月25日)は、

『課税仕入れに係る支払対価』とは、課税仕入れの相手方との間で授受される取引の対価をいう

名古屋地判平成24年10月25日税務訴訟資料 第262号-232(順号12082)

と判示し、滞納管理費は本件課税仕入れの相手方である前所有者ではなく管理組合に支払われているから「課税仕入れに係る支払対価」に該当しないとした。

控訴審判決(本判決)


控訴審(名古屋高判平成25年3月28日)は、

「(課税仕入れに係る支払対価とは、)課税仕入れの目的を達成するために必要な経済的出捐をいい、……課税仕入れの目的を達するために必要である限り、当該課税仕入れの相手方が第三者に対して負う債務を消滅させるための弁済金も含まれるのであり、また、それが当該課税仕入れの相手方との間で直接授受されなければならないものではないと解される。」

名古屋高判平成25年3月28日税務訴訟資料 第263号-64(順号12188)

と判示し、代位弁済にかかる支出もマンション購入という課税仕入れに係る支払対価に該当しうるとした。
しかし、マンションの管理費は不課税であり、税負担の累積防止という仕入税額控除の趣旨に鑑みると不課税の支払いは課税仕入れに係る支払対価に該当しないと解するとして、結論として滞納管理費は「課税仕入れに係る支払対価」に該当しないとした(本判決は上告棄却・上告不受理で確定)。

本件の論点


我が国の消費税法は付加価値税として設計されており、取引のたびに生じる税負担の累積を防止するため前段階の取引にかかる仕入税額の控除を認めている(消費税法30条1項)。この仕入税額控除の対象となるのは、「課税仕入れにかかる支払対価」にかかる消費税分である(※1)。 
しかし、どのような支出が「課税仕入れにかかる支払対価」に該当するかは不明瞭な点が多い。

本件で問題となったマンションの滞納管理費は、管理規約等に基づき生じる債権であり、売買(競売)に基づき生じる対価(代金)とは発生原因や私法上の性質を異にする別個独立の債権である。また、消費税法の対価性の概念に照らしても、管理費がマンションという資産の譲渡の対価であるということは困難であろう(※2)。
本件の論点は、そのような私法上は別個独立し、消費税法上も当該資産の譲渡の対価に当たらない債権が、仕入税額控除の場面において「課税仕入れにかかる支払対価」に該当するとする余地があるか否かである(※3)。

※1 令和5年10月から開始されるインボイス制度で条文の文言は改正されているが、この概念に変更はない。
※2 対価性の判断基準については諸説あるが、管理費がマンションという資産の譲渡の対価であるとはいえないと思われる。
※3 本件で納税者は、滞納管理費相当額は私法上も売買代金の一部であると主張しているのかは明確でないが、本件では客観的にみて私法上別個の債権であることは明らかであるため、このような論点に整理した。

納税者の主張


本件において納税者は、管理費については先取特権があり(区分所有法7条1項)、前所有者の滞納管理費を支払わなければ取得したマンションの区分所有権を失う可能性があることから、滞納管理費の支払いは、売買の目的である区分所有権を確実にするために不可欠な支出であり、よって実質的にマンションの代金の一部といえると主張した。
ここでは、マンションの購入が「課税仕入れ」であり、滞納管理費の支払いはその「支払対価(の一部)」といえるという論理構成がされている。

原審の問題点


消費税法は、個々の取引を課税対象とするから(※4)、課税関係も個々の取引によって判断されるものである。にもかかわらず、ある取引で生じた債権を別の取引(課税仕入れ)の「対価」として扱い、これについて仕入税額控除を認めると、論理一貫性がない上、仕入税額控除の対象は不合理に拡大してしまうおそれがある。

原審は、課税仕入れに関連した支出が広く仕入税額控除の対象となるものではなく、自ずと限界があることを明らかにする趣旨であったものと思われ、その点に関しては妥当である。しかし、その基準として「課税仕入れの相手方との間で授受される(対価)」という、あたかも金銭の流れを基準とするような解釈には賛同できない。

前述のように、消費税は取引という個々の経済現象を捉えて課税する租税であり、対価の授受経路は課税関係を定める上で何の意味もない。また、この「授受」を極端に解すれば、控訴審が指摘するように、例えば通常の売買代金を銀行振込で行う場合にも、対価が第三者である銀行との間で授受されているから仕入税額控除の対象とならないなどという結論になりかねない。 
よって、原審の解釈には問題がある(※5)。

※4 消費税法4条1項参照。
※5 もっとも、原審は、あてはめとして、課税仕入れの相手方が誰であるかや管理費がマンション代金とはいえない点から、「課税仕入れに係る支払対価」に該当しないとしており、単なる金銭の授受経路のみをもって判断したとは言い難い。その点からすると、原審のいう「対価の授受」とは、事実としての支払経路を想定する控訴審のそれより広い概念であると解する余地もなくはない。

控訴審の問題点


控訴審は、このような意味での不都合を回避すべく、「課税仕入れに係る支払対価」は「当該課税仕入れの相手方との間で直接授受されなければならないものではない」として原審の解釈を修正した 。

しかし、「課税仕入れに係る支払対価」の解釈については、「課税仕入れの目的を達成するために必要な経済的出捐をいい……課税仕入れの目的を達するために必要である限り、当該課税仕入れの相手方が第三者に対して負う債務を消滅させるための弁済金も含まれる」をいうとしており、この点には疑問がある。

この控訴審の規範では、課税仕入れの目的を達成するために必要な出捐であれば、ある取引から生じた「対価」を、仕入税額控除の場面では別の取引の「対価」として扱うこと、換言すれば、資産の譲渡等の「対価」と課税仕入れの「対価」の意義が異なるという、「対価」概念の多義性を認めることになる(【論点1】)。 

しかし、その解釈には以下のような看過し難い問題がある。

【論点1】「対価」概念は一義的か多義的か


ここで、例えば、下記図2のような、本件滞納管理費の部分が課税取引にあたる駐車場料金である場合を想定してみる(※7)。

※7  西山由美「不動産競売で取得した建物の滞納管理費負担と仕入税額控除」新・判例解説Watch vol.15・232頁参照。

【図2】

⑴ 二重の仕入税額控除?

控訴審のように「対価」の多義性を認めると、「対価」に当たるかはその人ごとに判断されることになる。この事例において、前区分所有者は、課税取引である駐車場料金①について、「課税取引を行った日」に仕入税額を控除する(滞納していても)。

他方、控訴人によれば、マンション購入という課税仕入れの支払対価として滞納駐車料金①’について仕入税額を控除できることになる(※8)。そうすると、一つの資産の譲渡等の対価について、二重に仕入税額が控除されてしまう結果となる。

この二重の仕入税額控除を回避するためには、前区分所有者の仕入税額控除を修正する必要があると思われるが、消費税法がそのような複雑な処理を求める制度であるとは言い難い(滞納して10年後に代位弁済されたような場合を想定されたい。)。

※8 前掲注7・西山は、このような場合の仕入税額控除の可能性について言及する。ただし、国税庁は、区分所有者に対する駐車場の貸付けは、原則として不課税と考えているようである(質疑応答事例【マンション管理組合の課税関係】)。

⑵ 求償権をめぐる課税関係

控訴審は、「課税仕入れに係る支払対価」には、「課税仕入れの目的を達するために必要である限り、当該課税仕入れの相手方が第三者に対して負う債務を消滅させるための弁済金も含まれる」とする。これには、法律的に二つの場合がある。

一つは、当該取引の対価の支払をもって債務の弁済に充当する場合である。これは、資産の譲渡等をした者がその代金を受領して、それをもって第三者に対する債務の弁済を行ったことと実質的に同義であるから(※9)、たとえ直接第三者に支払われたとしても、課税仕入れである取引やその対価性に影響を与えるものではない。買主が売買代金を誰に支払って、それが何に使われるのかは買主の関知するところではなく、買主は売買という課税仕入れの支払対価として代金を(第三者に宛てて)支払っているのであるから、これが当該取引(課税仕入れ)に係る支払対価である点に疑問の余地はないと思われる。

他方、資産の譲渡等の対価としての性質を有しない金銭をもって、他人の債務を弁済する場合がある(代位弁済)(※10)。控訴審の解釈では、課税仕入れの目的を達するために必要である限り、この場合の支出も「課税仕入れに係る支払対価」に該当しうることになる。

※9 したがって、求償権は発生しない。
※10 例えば、本件では、滞納管理費の支払いは資産の譲渡の対価(売買(競売)の代金)としてではなく、それとは別個の取引として弁済されたものである。これは、私法上は代位弁済であり、マンション購入の代金ではない。

例えば、上記図2では、控訴審の解釈によれば、滞納駐車料金もマンション購入の「支払対価」に該当し得る。しかし、このとき、新区分所有者は前区分所有者に滞納駐車場料金を肩代わりしたことによる求償権を取得するが(※11)、通常、求償債権自体には対応する役務の提供がないため(※12)不課税取引とされる。
そうすると、前区分所有者が求償債務を履行した場合、経済的にみると実質的に駐車場料金を支払ったのに、仕入税額控除できないということになる。それでは、先行した代位弁済者にのみ仕入税額控除が認められることになり「早い者勝ち」の状況となってしまうが、それは結論の妥当性を欠く(※13)。

この不都合を回避するためには、求償権の取得が課税取引の対価であるとして、新区分所有者において課税売上とし、前区分所有者においても仕入税額控除を認めるとするしかないように思われるが、前述のように、求償権を課税取引の対価とするのは無理があろう。

※11 東京高判平成17年3月30日(判時1915号32頁)。
※12 事務委託手数料や保証料のように、代位弁済という役務自体の代金があればそれが対価となる。
※13 代位弁済は第三者でもすることができる ので(民法474条参照)、仕入税額控除を多くしたい事業者は、無関係の取引について、片っ端から代位弁済(及び求償)を繰り返すような事態が想定される。

⑶ どう考えるべきか

消費税法は、個々の取引を課税対象として課税関係を把握するものであるから、当該出捐が何の対価であるかは、もっぱら当該取引との関係で一義的に決せられるべきである。

控訴審は、課税標準となる対価と「課税仕入れに係る支払対価」の意味が同一である必然性はないとしているが、消費税法や仕入税額控除の趣旨から、一般的に、課税対象である「資産の譲渡等」と「課税仕入れ」は課税上表裏の関係にあると解されている(※14)。一連の流通過程における租税負担の累積防止という仕入税額控除の趣旨からすれば、課税標準となる「対価」と仕入税額控除の前提となる「対価」は同一概念であるというべきであろう。

本件の滞納管理費は、あくまで売買契約(競売)とは別個独立の債権であり、マンションの管理関係という取引から生じる債権である(その上で管理費の対価性は否定)。このような別個の債権を、当事者の目的という主観的事情によって、別の取引である売買(競売)の対価として扱うということはできないというべきである。

なお、任意の売買契約の場合は、滞納管理費相当額を売買代金に含めて総額を売買の対価とすることは多々あり、その場合は、あくまで総額が売買の対価として「課税仕入れに係る支払対価」となる。
本件は、競売での取引であり、売買と管理費の処理が完全に別個に決済されたという、ある種特殊な事情があった点には留意する必要がある。

※14 東京高判令和元年9月26日(訟月66巻4号471頁)等。

【論点2】自分の取引であることの要否


⑴ 消費税法30条1項の課税仕入れを「行った」の意義

本件で、マンション購入を「課税仕入れ」と設定すれば、【論点1】でみたように駐車場料金はマンション購入の「支払対価」ではないから仕入税額控除が認められる余地はない。

本件裁判例の分析としては以上で足りるが、ここで、一歩進んで、上記図2の事例で、前区分所有者による駐車場利用を「課税仕入れ」と設定し、滞納駐車場料金はその「対価」であるとして、それを支払った者において「課税仕入れに係る支払対価」として仕入税額控除を認められるかを考えてみる。つまり、他人の行った課税仕入れの対価を支払った場合に、支払者において仕入税額控除が認められないかということである。

これは感情的には理解できる側面もある。すなわち、税負担の累積防止という観点からすれば、実際に税を負担した者(消費税分を支払った者)において仕入税額控除を認めるべきである、ということである(※15)。
しかし、前述のように、消費税法は取引という経済現象に着目して課税関係を把握するものである。そのことから、消費税法上、資産の譲渡等と課税仕入れは表裏の関係にあると解されており、仕入税額控除は、あくまでその一連の取引過程における税負担の累積防止のために認められているのである。

そうすると、一連の取引過程に登場しない主体、つまり当該取引の主体ではない者において仕入税額控除を認めることは、法制度上想定されていないと言わざるを得ない。
このような趣旨に照らせば、仕入税額控除について規定する消費税法30条1項は、事業者が納税額を算出するにあたり、もし自身が課税仕入れを行っていた場合には、自身の「課税標準に対する消費税額」から自身が「行った」課税仕入れにかかる仕入税額の控除を認めるものと読むべきである。つまり、自分が資産の譲渡等(取引)の当事者でない=課税仕入れの当事者でない場合には、たとえ消費税分を支払ったとしても、当該対価にかかる仕入税額の控除は認められないと解される。

よって、仕入税額控除が認められるためには、自らが資産の譲渡等の相手方=課税仕入れを行う者でなければならないと考えられる。

※15 このような感覚には、支払消費税の損金性が根底に観念されているように思う。

⑵ 不真正連帯債務の処遇

もっとも、上記図2の事例では、新区分所有者は区分所有法8条によって、自己固有の債務として滞納駐車場料金の支払債務を負っており、これは前区分所有者と不真正連帯の関係に立つとされる。つまり、新区分所有者は、あくまで自己固有の債務(駐車場料金債務)として弁済したのであり、単純な代位弁済とは状況が異なる。

ここで、自己債務性を重視すれば、実際には新区分所有者が課税仕入れを行ったものではないが、それと同視して新区分所有者において仕入税額控除を認めるとする余地はあるかもしれない。
しかし、それを認めると、滞納状態のまま区分所有権が転々流通した場合には、弁済されるまで仕入税額控除する主体が定まらないことになりかねず、租税法律関係の安定性を害する。

よって、私法上不真正連帯関係であることが直ちに課税仕入れの主体性を基礎づけるとは言い難いように思われる。不真正連帯関係であっても、求償関係における内部負担割合に従った仕入税額控除を認めるのが、素直であろう。
なお、新区分所有者が負う滞納管理費の支払義務は、滞納をした旧区分所有者に比して二次的、補完的なものであり、新区分所有者には負担分はないと解されている(※16)。

※16 前掲注11・平成17年東京高判。

まとめ


以上から、
【論点1】「課税仕入れに係る支払対価」とは、消費税法2条1項8号の資産の譲渡等の「対価」をいう。
【論点2】これを仕入税額控除の対象とするには、自らが当該資産の譲渡等の取引当事者(相手方)でなければならない。
と解すべきである。

これを本件に当てはめると、【論点1】滞納管理費は、管理規約等に基づき発生する債権であって、マンション購入の対価ではないから、マンション購入という課税仕入れの支払対価ということはできない。
【論点2】仮に、(マンション購入ではなく)管理規約に基づく法律関係をもって課税仕入れと観念したとしても、新区分所有者はその当事者ではないから自身の仕入税額控除の対象とすることはできない、という結論になる。

(弁護士 日隈将人・弁護士 真鍋亮平)

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