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相続財産の処分と単純承認 ~令和2年4月17日裁決の検証~

令和2年4月17日裁決【事案の概要】

  • 被相続人Fは、H社との間で顧問契約を締結し、顧問料として毎月100万円を受領していた。そのうち50万円は生活費として配偶者Xの口座(以下「X口座」)に送金するようにH社に依頼していた。

  • 平成31年1月某日、被相続人Fは死亡した。

  • 被相続人Fの死亡後の平成31年1月25日、H社は12月分の顧問料の50万円(以下「本件金員」)をそれまでどおり配偶者Xの口座に送金した(ⅰ)。このとき、Xは被相続人Fが死亡していたこと及び送金された50万円が顧問料であることを認識していた。

  •  平成31年1月29日、配偶者Xは口座に送金された前記50万円を引き出し(ⅱ)、封筒に入れたまま使わずに保管した。

  • 被相続人Fは、生前、確定的な納税義務を負っていた。平成31年2月12日、税務署は、XがFの納税義務を相続したと通知した上で、Xの不動産を国税徴収法に基づき差し押さえた。

  •  平成31年3月某日、Xは、被相続人Fの相続について、家庭裁判所に相続放棄の申述をし、同日受理された。

  •  平成31年3月26日、Xは税務署職員から、1月25日に送金された金員が相続財産に該当すると言われたため、翌27日に現金50万円をX口座に戻し、H社に返金した。

  • 令和元年5月、Xは上記差押処分に不服があるとして審査請求した。

(補足)
 本件では、配偶者Xが相続放棄の申述をしており、これが認められれば納税義務を相続しない。これに対し、課税庁は、被相続人Fの死後に、(ⅰ)本件金員の送金を受領したこと、(ⅱ)送金された本件金員を引き出して生活費に組み入れたこと、の2点がそれぞれ民法921条1号の法定単純承認事由である「相続人が相続財産を処分したとき」に当たるとして相続放棄は認められないと主張した(実際の事案ではその他にも争点があるが本稿では割愛)。

【図1 事案の概要】

事案の概要

裁決の概要

結論

納税者Xの行為は法定単純承認事由に該当しない。
よって、相続放棄は有効で、配偶者Xは納税義務を承継せず処分は違法。

理由

(ⅰ) 本件金員は、被相続人Fの締結した顧問契約に基づいて支払われたものだから、顧問契約に基づく報酬債権の一部が化体した相続財産である。

(ⅱ) ①の送金受領は、配偶者Xが何も関与していないので、配偶者Xによる「相続財産の処分」に該当しない。

(ⅲ) ②の本件金員の出金は、保管の態様が預金の払戻し請求権から現金に換わるだけで、生活費として一部でも消費した事実が認められない限り、出金の事実のみでは「相続財産の処分」に当たらない。

相続放棄の熟慮期間

我が国では、相続人が「相続」により被相続人(死亡者)の債権債務を一般承継する制度となっているが、その前提として、相続人が相続するかどうかを選択できるものとされる。
すなわち、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月の間に、相続を承認するか相続放棄をするかを選択できる(民法915条)。この期間を「熟慮期間」という。
熟慮期間内に相続放棄の申述を家庭裁判所に行った場合[※1]は、相続を放棄したものとして被相続人に関する一切の権利義務を承継しないこととなる(民法938、939条)。

※1 相続放棄は家庭裁判所での手続が必要で、単に遺産分割協議で「相続を放棄する」と書いても相続放棄の効果はない。

法定単純承認

もっとも、法律に定められている一定の事由があった場合、それによって単純承認があったものとみなされる。これを「法定単純承認」という。
民法は、法定単純承認事由として、「相続人が相続財産を処分したとき」を挙げており(民法921条1号)、相続放棄の申述をする前に相続財産を「処分」してしまったら、相続放棄ができなくなる。

(法定単純承認)
第九百二十一条
 次に掲げる場合には、相続人は、単純承認をしたものとみなす。
 相続人が相続財産の全部又は一部を処分したとき。ただし、保存行為及び第六百二条に定める期間を超えない賃貸をすることは、この限りでない。 相続人が第九百十五条第一項の期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったとき。
 相続人が、限定承認又は相続の放棄をした後であっても、相続財産の全部若しくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、又は悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき。ただし、その相続人が相続の放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでない。

民法

①本件金員の受領は法定単純承認事由の「処分」か

今回の裁決の事例では、相続人Xによる顧問料が口座に着金したこと(=口座での受領)(上記図1①参照)及びX名義の預金口座からの払戻し(同②参照)という各行為が法定単純承認事由たる「相続財産の処分」に該当するのかどうかが争われた[※2]。

※2 法定単純承認となるかどうかは、純粋に民法理論によって決せられる。今回の裁決は、民法上の結論が直ちに納税義務の有無を決する事案である。

まず、民法921条1号は、「相続人が相続財産を処分したとき」と定めているため、相続財産の処分は、相続人によってなされたものでなければならない。
本件①の「本件金員の送金・受領(口座への着金)」は、あくまでもH社や銀行の行為であり、相続人である配偶者Xの行為とはいえない。
よって、①は法定単純承認事由には該当しないことになる。

これに対して、課税庁は、「配偶者Xが何ら異議なく送金を受領したこと」が配偶者Xの処分だと主張している。
しかし、前述のように、「送金→受領」は配偶者Xの関与なく行われており、Xが積極的に送金を依頼したとか、送金を指示したとかいった事情がなければ、「送金・受領」がXの行為だとするのはさすがに無理がある。よって、①は法定単純承認事由に該当しないというべきである。

「処分」とは

民法921条1号で法定単純承認になるとされる「処分」とは、財産の現状・性質を変ずる行為を意味し[※3]、遺産の売却や贈与といった法律上の処分のみならず、遺産を破損する等の事実上の処分行為も含むとされている。
また、相続財産が債権の場合、権利行使や債権の回収といった行為によって債権という財産の現状や性質を変更する行為は、「処分」に該当する可能性があるとされる。

※3 新版注釈民法27[川井健]・520頁。

もっとも、一度この「処分」に該当するとされると相続放棄ができないという重大な効果が生じる。そのため、ある行為が「処分」に当たるかは慎重に考えなければならないというのが通説的な見解である。

では、ある行為が「処分」に該当するかどうかは、どのように考えていくべきだろうか。

なぜ 「相続財産の処分」が単純承認事由なのか

そもそも、「相続財産の処分」が法定単純承認とされているのは、相続財産の処分は本来権利義務を承継した相続人しかすべきでない行為であるから、その行為をもって黙示的に相続を承認したと推認でき、また、第三者から見てもその行為をしたのなら単純承認があったと信じるのが当然で、この信頼は保護されるべきだからとされている[※4]。
簡単にいうと、「普通に考えて、そんなことするなら相続放棄するつもりはないでしょ!」ということである。

そして、上述のとおり、一度「相続財産の処分」と認定されると、もはや“相続放棄できない”という重大な法的効果が発生する。
そうであるとすれば、ここでいう「処分」は、財産の現状や性質を変更する行為のすべてを指すのではなく、そのような行為の中でも“実質的にみて相続放棄できなくなっても仕方がないと評価できるような行為“を意味すると解するべきことになる[※5]。
つまり、法定単純承認事由となる「処分」とは、「財産の現状・性質を変ずる行為」で、かつ「単純承認したと評価するにふさわしい実質的価値を有する行為」を意味する

※4 最高裁昭和42年4月27日判決。法律の条文が何を意味するのかを探っていく上では、その条文の趣旨を考えることが必須である。
※5 潮見佳男『詳解相続法』・88頁。

「処分」の判断基準

問題は、上記の「単純承認したと評価するにふさわしい実質的価値を有する行為」にあたるかどうかを、どのような基準によって判断するのかである。
この点は、専門家の間でも、具体的な基準の設定は困難であるとされている[※6]が、上述のように、「相続財産の処分」を法定単純承認事由とした趣旨は、それを信頼した第三者を保護するべきという点にあることから、「その行為をすれば客観的に見て相続放棄することはないと信ずるに足りるような重大な行為」か否かが、一つの判断基準になると解される。

例えば、「財産価値が実質的にない動産の形見分け」のような行為は、財産の現状・性質を変ずる行為ではあるものの、経済的に重要性を欠き、また形見分けという風習は相続放棄とは無関係に一般的に広く浸透している常識的範囲の行為であるといえるため、「単純承認したと評価するにふさわしい実質的価値を有する行為」とまではいえず、ここでいう「処分」に当たらないと考えられている[※7]。
同様に、相続財産から葬儀費用を支出する行為も、社会的見地から不当なものでない限り、原則として「相続財産の処分」にあたらないとされている[※8]。

※6 新版注釈民法27[川井健]・521頁。
※7 山口地裁徳山支部昭和40年5月13日判決、新版注釈民法27[川井健]・521頁。なお、形見分けであれば直ちに処分に当たらないということではない。あくまでも、経済的重要性を欠くような行為、すなわち「これくらい常識的にいいだろう」と評価できるようなものでなければならない。
※8 大阪高裁平成14年7月3日決定、大阪高裁昭和54年3月22日決定。なお、前者の事件では、相続財産から仏壇や墓石を購入する行為も、社会的にみて不相当に高額なものでなければ「相続財産の処分」とは断定できないとも判示されている。

このように、ある行為が「処分」に当たるかは、実質的に見て相続放棄ができないとされても仕方がない程の重大な行為と評価できるどうかという観点から、個別のケースにおける具体的な事情によって決せられることになる。

②「預金払戻し」+「生活費組入れ」は「処分」か

さて、本件裁決では、配偶者Xが自身の預金口座の預金を払い戻して生活費に組み入れた行為について、“生活費として一部でも消費したのであれば格別、そうでないなら出金の事実のみでは「処分」にはあたらない”とされている。
その理由として、裁決では、“預金が現金に換わって現状は変更されているものの、実質的に見て経済的価値を減少させるようなものではないから“ということが挙げられている。経済的価値を減少させないような行為は、実質的に見て単純承認したと評価するにふさわしい実質的価値を有する行為とは言えないという判断だと思われる。
よって、結論として、預金の払戻し+生活費組入れという行為は、法定単純承認事由に該当しないとされている。

裁決の問題点①:適切な規範がない

筆者としては、裁決の結論自体は妥当だと考える。
しかし、この裁決には理論的に指摘すべき点があると思われる(以下、私見)。

本件は、
1.何が処分の対象たる「相続財産」か
2.配偶者Xの行為が「処分」に該当するか
の2点を判断して結論を出す事案である。
したがって、「相続財産」と「処分」のそれぞれの意味(事実を当てはめるべき規範)を明らかにならなければ、結論は出せないはずである。
しかし、本裁決では何らの言及もない。「法令解釈」の項目に、「処分」について記載があるものの、その内容は本件とは直接関係するものではない。
それゆえに、その後に続く判断内容で“いきあたりばったり感”が否めない。
事案の判断の前提として、規範を設定するための法解釈論を展開すべきであり、そうすれば本件の論点がより鮮明にできたように思う。

裁決の問題点②:「金員」が相続財産なのか?

法定単純承認となるのは、「相続財産」を処分したときである。つまり、法定単純承認事由たる処分の対象は、相続財産(被相続人に属していた財産)でなければならないはずである。
この点、本裁決では、配偶者Xに振り込まれた「50万円という金員」を、顧問料請求権の一部が化体した相続財産である、としている。
しかし、本件で被相続人Fが有していた財産は、顧問料請求権という、FのH社に対する「債権」である。すなわち、この債権が相続財産なのであり、50万円という現金あるいは銀行に対する預金債権が相続財産となるのではない。
また、そもそも50万円が振り込まれたのは、被相続人Fの預金口座ではなく配偶者Xの預金口座である。配偶者Xの銀行に対する預金債権自体(これを行使することで払戻しができる)は、Xの固有財産であって、Fの相続財産ではない[※10]。

※10 もっとも、もし本件で、Xの口座が専ら顧問料の受領に利用されていたとか、口座からの入出金はほぼFの債権債務の決済のためになされていた、という事実があれば、当該預金は実質的にみて被相続人Fの相続財産といえるかもしれない。しかし、そうであっても、最高裁大法廷平成28年12月19日決定等からすれば、相続財産としての普通預金債権はその全額について一つの債権として成立するため、預金の一部について財産性を独立して認定することは理論的に困難なように思われる。

上述のとおり、本裁決は「顧問料債権が化体した」という理由で「50万円という金員」を相続財産と認定しているが、債権が化体したという抽象的な理由で、本来相続財産に属さないものを相続財産と認定してしまうのは、法定単純承認事由は慎重に判断されるべきという方向性と矛盾しないだろうか。

また、ここで相続財産を「50万円の金員」としてしまったがために、「50万円の金員」の現状や性質が変更しそうな行為のすべてについて、法定単純承認事由たる処分該当性を検討するはめになっているように思われる。
すなわち、「50万円の金員」は、Fの顧問料債権→H社の保有する「現金」→H社の保有する預金→配偶者Xの保有する預金→配偶者Xの保有する現金と形を変えて存在している、と観念することができてしまう。
その結果として、それら外形的性質を変更するイベントをすべて処分(にあたり得る)行為と捉えて、すべての「処分」該当性を検討しなければならないことになってしまっている。

本裁決の理解を前提とすると、
・配偶者Xが預金債権を取得したことや、自己の預金債権を払い戻す行為がなぜ「相続財産」の処分になるのか?
・もしXが、50万円ではなく、元々自らが預けていた預金と合わせて合計100万円の払い戻しを受けていたら、払戻し行為の評価に影響があるのか?

などの疑問が生じる。
これらの疑問はすべて、相続財産を(「顧問料債権」ではなく)「化体した金員」と抽象的に設定してしまったことに起因している。

そもそも、「財産」だからこそ「処分」が起こりうるのであり、民法はそれを法定単純承認事由としたという原点に立ち返れば、ここでいう「相続財産」は安易にその概念を拡張すべきではない。
また、上述のように、相続財産の処分が法定単純承認事由とされたのは、被相続人を承継した者でなければしてはいけないような行為をする場合には単純承認したものと推認できるからである。そうすると、本来的に相続財産にあたらない財産を相続人が処分しても、それは「相続によって承継した者でなければしてはいけない行為」とはいえない。
したがって、民法921条1号の「相続財産」は、よほどの事情がない限り「被相続人に属し相続による承継の対象となる財産」(=遺産)をいうと解するべきではなかろうか。

以上を踏まえると、本件では、50万円という金員ではなく、「FのH社に対する顧問料債権」の処分該当性を議論すべきだったということになる。
つまり、「相続財産」の範囲については形式的かつ厳格に解したうえで「顧問料請求権」が相続財産であると認定し、当該「顧問料債権」について「単純承認したと評価するにふさわしい実質的価値を有する行為」があったかどうかを検討すれば足りたのではないか。その方がシンプルであり、条文に忠実ではないだろうか。

裁決の問題点③:行為を分解して検討していること

本件では、相続財産を「金員」としてしまった結果、「受領した行為」と「払い戻した行為」のそれぞれについて処分該当性を論じていることは上記のとおりである。
しかし、前述のように、単純承認に当たるかは、具体的なケースにおいて結局総合的に評価されるべき事柄であるから、複数の行為が積み重なったからといって必ずしも当該行為を個別に分解して検討する必然性はない。

本裁決のように配偶者Xの行為を分解して個別に検討すると、①50万円の送金・受領には配偶者Xの行為は介在しないため「相続人が……処分した」とはいえないし、②預金の払戻しは、Xの積極的な行為ではあるが、そもそも自己の財産である「Xの銀行に対する預金債権」の行使であるから、各々そこだけ切り取ってみてもおよそ「相続人が」「相続財産を」処分したとはいい難くなる。

つまり、本件のように、問題となりそうな各行為を構成要素に分解して、その構成要素それぞれについて処分該当性を検証するという判断過程をとった場合は、形式的に条文に該当しないという理由で、常に法定単純承認事由はないという結論になりかねない(が、事案によってはそれが妥当な解決とはいえない場合もあるだろう)。

では、課税庁はどのように理論構成すべきだったのか。
(これで勝てるかどうかは別として)検討してみると、相続財産を「顧問料債権」と形式的に捉えた上で、その債権を最終的に現金という形で懐に入れた配偶者Xの“一連の行為”が相続財産の「処分」である、と主張したらどうだろうか。
つまり、顧問料債権によって最終的に経済的な利益を得た配偶者Xの一連の行為が、「単純承認したと評価するにふさわしい実質的価値を有する行為」なのだ、という主張である。
「処分」にあたるかの判断の核心は、「単純承認したと評価するにふさわしい実質的価値を有する行為」と評価できるかという点を重視すれば、物理的な複数の行為ないし行動の集積としての“一連の行為”を検討対象とすることも否定されないと思われる。
このような一連の連続した行為をして「単純承認したと評価するにふさわしい実質的価値」が認められる財産の現状・性質の変更があれば、その一連の行為を全体として「相続財産の処分」であるとしても問題はないだろう。

本件のように、複数の行為が積み重なっている事案でも、ケースによっては一連の行為として捉えたときに相続財産の処分と評価すべき事案もあるはずで、そうであるにもかかわらず、常に行為を構成要素に分解して一つ一つ評価するのだとすれば、まさに「木を見て森を見ず」である[※11]。

※11 客観的に見れば複数の(複数に分解できる)行為を一体として一つの行為として評価することができるかという「行為の個数論」は法律の世界でよく論じられる。似た話として、空港の騒音被害によって不法行為が成立するかという場面では、一回の航空機ごとに見れば不法行為と評価するほどではないと判断される可能性が高いが、それが集まって一つの権利侵害行為だと認定される可能性がでてくる。環境型セクハラやパワハラなども単発では問題になりにくいが、一定期間にわたる一連の行為を全体として評価して結論を導くケースだといえるかもしれない。

結論の再構成

以上から、本件における争点を再構成すれば、「自分の口座に送金されてきた顧問料を、相続財産たる顧問料債権の履行と認識していながら異議を述べずに払い戻して保有した」という配偶者Xの一連の行為が、相続財産である顧問料債権の現状・性質を変じ、かつ黙示的に単純承認したと評価できる行為か、ということになろう(図2)。

【図2 再構成図】

顧問料債権の現状・性質を変ずる行為か

まず、一連の行為は、顧問料債権の現状・性質を変ずる行為だろうか。

債権の現状・性質を変ずる行為の代表例は、権利の行使や消滅行為である。まさに「本来債権者しかできないような行為であり、第三者も債権を承継したと信じる行為」といえるため、「処分」に該当するとされる[※12]。

本件では、配偶者Xが50万円を(受動的にであっても)受領したことにより、「顧問料債権」は弁済により消滅すると思われるから[※13]、形式的に見れば相続財産の現状が変更されている。

※12 債権の取立・受領について最高裁昭和37年6月21日判決。なお、例えば、株式について議決権を行使すること(株主権の行使)は、基本的に「処分」に該当するとされるため、生命保険を法人で契約している場合に、保険金の受取に議決権の行使が必要なケースでは注意が必要である。
※13 生前の顧問契約内容として、顧問料の弁済方法として「Xの口座へ送金すること」が合意されていれば、債権者の死後であっても債務の本旨に従った履行だといえると考える。

Xの一連の行為は「処分」に該当するか

しかし、そうだとしても、送金による弁済という債権消滅行為にXの積極的な行為がない本件では、Xの一連の行為をもって黙示的に単純承認したと評価することはできないだろう。

前述のように、処分が単純承認とされたのは外観に対する第三者の信頼を保護するためであるが、本件で、(たとえXが顧問料が相続財産であると認識していても、)勝手に送金され、しかも自己固有の財産である預金債権に組み込まれたものの払い戻しを受けるという事実に、相続を承認したという外観がみてとれるだろうか。
また、法定単純承認が一種のサンクションだとすれば、本件事実をもって相続放棄ができなくなる、というのはXに酷に過ぎるだろう(本件のXは、むしろ実質的には顧問料を返還している)。
つまり、本件では、Xの意思としても、第三者からみても、相続を承認したとみるべき事情はなく、多額の債務を承継させて然るべきとも言い難い。

また、Xの行為規範については議論がありうるだろうが、それは不当利得や刑事責任で語られるべきであり、相続の承認の是非の分野で語られるべき事柄ではないように思う(例えば、相続放棄が認められても、Xが50万円を確定的に取得するものではなく、不当利得として次順位の相続人に返金する必要がある)。

したがって、本件では、相続放棄をなし得ないほどの重大な財産の現状・性質を変更するXの行為がないとして、相続財産の「処分」は存在しないと考えられる。
本裁決も、結果的には同様の価値判断に基づくものと思われる。

どのような事情があれば「処分」になるか

最後に、逆に本件でどのような事情があれば、相続財産の処分と認められるのかを検討してみたい。すなわち、直接的には債権消滅行為に関与していないにもかかわらず、実質的に単純承認したと評価して「処分」と認められるような事実があるとしたらどのようなものか。
この点で参考にすべきは、上述の最高裁昭和37年6月21日判決であろう。この判例では具体的な理由は述べられていないが、一般的に債権を積極的に取り立てて弁済金を受領する行為は、債権という財産を消滅させるから形式的に処分に該当し、かつ、取り立てて弁済を受ける行為は普通に考えて債権者しか行わない行為である、というのが根拠と思われる。
そうすると、本件Xの一連の行為を見て、実質的にX自らが顧問料債権を取り立てて受領したような積極的な事情、またはそれと同視できるような事情があれば「処分」に該当すると考えられる[※14]。

※14 本文に述べたように、「処分」に当たるかどうかは形式的に一律に判断してはならず、相続の効果を帰属させることの当否という観点から判断すべきであるというのが通説的見解である。潮見佳男『詳解相続法』・88頁。

まとめ

以上をまとめると、筆者の見解は以下のとおりである。

  • 相続放棄は有効であるとした本裁決の結論には賛成だが、判断過程に指摘点あり。

  • 民法921条1号の「処分」の意義と、その基準について適切に規範定立すべき。

  • 「50万円という金員」ではなく、顧問料債権を相続財産とすべき。

  • Xによる「一連の行為」を検討対象として、「処分」該当性を主張すべき。

(弁護士 日隈将人・弁護士 真鍋亮平)


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