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#タクシードライバーは見た「銀座で幽居する外れ者」

時折見かける事があった。
身を潜めるように背を丸め、そそくさと速足で駆け抜ける。
見かけたとしても声を掛ける余地はない、そもそも向こうも声を掛けられたくはないだろう。
でもこの間は少しだけ、近づくことが出来た。

日曜日の夜、銀座は閑散としていた。
並木通りや花椿通り、平日夜なら通りの両側に総じて停まっているスモークのクラウンやレクサス、アルファードは一台もいない。
停められて狭くなった通りを少しだけ整理する運転手も、黒服も、ホステスやママもいない。5分に一度、1人2人歩いているくらいだ。
いつもの雑多なところを知っている分、静穏な一面を見せる様子に惚れ惚れする。

並木通り沿い資生堂ビルの前に車を停め、周辺を少し歩く。
通る度に毎回気になっていた資生堂のショーケースの目の前に立ち、光と紙で幻想を見せる仕組みを理解しようと眺め、通行人、ひいては客がいないという嘆きの事情を愉しみに変えていた。
それから車へ戻ろうとしたとき、彼は急に姿を現した。

いつもは遠目に見ていた彼を、今日は目の前で見た。
向こうもこっちが側にいたことを気づかずに出てきたことで、すぐに身を隠そうとするが、もう完全にバレてしまっている。
至近で見かけることなんて滅多にないのだからこっちは、どうしても気になってしまい、彼を追いかけた。
彼が物陰に入っていくのを見たことで、その場所に近付く。
覗いてみると、彼はそのこちらの覗く動きに警戒し怯える。
もう少し詳しく見ようと近づくと、彼は陰から身を出し、足の回転とその場から去りたい気持ちが合わずにバタバタとしていたが、すぐに立て直し走り去っていった。

彼は彼で辛い思いをしてたりするだろうか。
周りを見ても、皆、陽の目を浴び求められている。
穢い者扱いをされているのは彼くらい。
でも、物陰を少し覗いた時に彼を間近に見て思ったのは、幽居している分風貌は良くないが表情は凛々しく、精悍な顔つきをしていた。

流石、十二支の一番最初に存在しているだけある。

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