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#タクシードライバーは見た「もう、一息 後編」

最後まで一息だった。
銀座の優良乗り場に並んだ僕はお客様が行列し長距離のお客様を乗せるかもしれない乗り場までもう一息のところだった。
そこから離脱させられたことで生まれた雑念を払うためにも一息、深めに呼吸をした。

乗り場に並ぶところから離脱させられ、向かうのは晴海。
銀座からは2,000円ほどの場所。
その金額は悪くも良くもない。強いていうならば長距離の可能性があった乗り場に比べると悪い方にあたる。
とは言っても、最近は金額が高いことよりも何かエピソードに変わることがあればワンメーターだって良いと思っている。
今回もそんなことを期待した。

乗車する前に連れとの別れ際を見る限り銀座で働く女性というより、
そこで食事をしていた女性だったらしい。
特に変わったところはなく、車内でも静かに座っている。
スマホを触っているのかもしれない。
特にこちらから声を掛けるということもないため、無言の中に深夜の若者に人気なバンドがパーソナリティーを務めるラジオの会話だけが車内に響く。
若者と言ったって26の自分もそれに該当する方だと思うがバンドは全然詳しくない。
このままの目的地まで行くだけで、変わったことは起きないだろう。
そう思いながらオリンピックの為とも言える最近出来た環状二号の橋を渡りながら向かう。
渡り切っても特に何もなかった。

銀座からはものの5分で着く距離。深夜とあれば尚スムーズに走る。
お客様に最終的な停車場所を聞こうとするが反応がない。
最近はコードレスなイヤホンを耳にする人も多く聞き取られないこともあり、今回もそんなところだと思いもう一度訪ねた。
それでも反応がない。
あれ、、、とバックミラーを見ながら声を掛けると女性は寝ていた。
―――いつのまに. . . . . . . 。

橋に入る直前までは起きていた。会話はしていないが物音が聞こえる程度で起きているのを確認できていた。
1分も経たない間に眠りに入っている。
しかもちょっと声掛けただけじゃ気付かない。
こういう時に声を大きくして強引に起こすのは僕の性格上気が引けるところがあり少し戸惑いながらも目的地を聞き出す。

「ん、あぁ、スファすところまがって」

聞き取れない。
もう一度聞こうと声を掛けると、

「. . . . . . . 」

―――もう寝た . . . !?

「. . . フガァー」

寝息が聞こえてくる。

早い!喋った3秒後には寝る。
幸い乗って来た時に丁目までは言われていいたのでその付近までは走る。
その間も声を掛けるが一瞬目覚めるが沼にハマるように眠りに落ちる。

お客様のいう晴海のウン丁目まで到着しもう一度声を掛けるが

「ん、あ、あのー交番のとこまがって」

交番はとっくに過ぎている。
既に目的地の付近で停まっていることを伝えるがもう頭は寝ているのか理解できていない。
その地域的にもお客様の見た目的にも高層マンションに住んでいることは予想できたのでその目の前で
―――あ、この、なんか、右にあるヤツですかねぇ。
そう伝えることでようやく理解した。
酔って寝て、さらに寝ぼけたお客様には友達のように軽く声をかけた方が良い、というなんとなく身に着けた要らないスキルだ。
何事もなくお送りすることが出来た。

最後まで特に珍しいことは無かったが
もう一息で乗り場だったところでお客様をお乗せして
一息ついて雑念を取り払い、
橋を渡るほんの一息で眠りに入り、
声を掛けて目覚めても一息でストンと寝落ちする。

―――一息ばかり目立ったなぁ。

そんなお客様をお送りした値段は予想した2,000円にもう一息だった。

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