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#タクシードライバーは見た「二回目の出会い」

横断歩道を渡る姿で気づいた。
―――先週お乗せしたおじちゃんだ。
見た目はもちろん、タクシーへの乗り方、行き先の説明の仕方、行き先、全て同じである。
思わず、行き先を言われる前にこちらから「○○までですか?」と聞いてしまったが、言おうか言わまいかの迷いのノイズが声量を抑え相手には聞こえていなかった。
先週と同じ目的地、時間帯、ルート、きっとルーティン的になっている行動なのだろう。
少し嬉しくなった私は思わず声を掛けてしまった。
タクシーでは意外とある、同じお客様をお乗せすることが。

飼い犬が餌を準備する飼い主の動きを憶えるように、タクシー運転手も長距離客をお乗せした場所を覚えている。
無線の場合は名前まで覚え、中にはどこどこの地域の○○さんは~といった情報を共有することもある。
それが朝の通勤時間帯であれば、そのタイミングに合わせて前回お乗せした場所を通ると同じお客様に出会う。
以前、4週連続で週一回は同じお客様をお乗せしたことがあった。
朝一に長めの距離のお客様をお乗せできることは、売上としても有難ければその後のやる気にも繋がる。
だから長距離のお客様をお乗せした時は嗅覚が敏感になり、予約ではなくともこの時間帯、この場所という嗅覚だけで狙いに行くことがタクシー運転手にはある。
くれぐれも言っておくが、それは名前や家を特定している訳ではない。

朝の時間帯はタクシーは営業所から出発し、お客様は通勤という日常的なルートのため比較的確率の上がるものだが、
特定の企業の場合も同じお客様をお乗せするときがある。
特定の企業の予約や深夜帯に出てくるお客様などは半年に1回ほどだが、同じお客様をお乗せするときがある。
行き先を理解している分、同じルートを通るのでこちらは気が楽になる。
くれぐれ、ぐれも言っておくが、この場合も名前や家を特定していない。

そのように、二回目の出会いが場合によっては珍しくはないのがタクシー。

そんな中で、今回二回目となったお客様はルーティンでの行動であるのだろうが、こちらは毎回その時間に通っているような地域ではない。
だから少しだけ珍しいといえる。
雰囲気が好きだったおじいちゃんだったこともあり、ちょっと嬉しくなった。
でも、声を掛けるのは流石に避けたい。
今回は女性のお客様ではないがストーカー云々もあるため、基本的に相手が不快に思うであろう言動は避ける。
でも、おじちゃんだし、喋りかけても穏やかに返してくれそうな気がしていたため支払い中の降車間際に声を掛けてみた。

「580円です」
「580円ですか、ちょうどあります」
「ありがとうございます、領収書は必要ですか?」
「はい、必要です。え~っと、はい、これで」
「ありがとうございます、こちら、領収書です。」
この時点までは声を掛けようか、掛けまいか迷っていた。
「ありがとうございました、お世話様です」
「はい、ありがとうございましたー. . . . . . あ、お客さま~」
「え?足りない?」
「あ、いや、あの~先週もお客様を」
「足りなかった?」
「いえいえ、足りてます、大丈夫です。先週も」
「忘れ物は無いです」
「はい、かしこまりました . . . . . . ピーッ(扉の開く音)」

全然聞いてない。
耳が遠いと言うわけではないが、支払いも終え、後は降りるだけの時に声を掛けたせいで、何か問題があったと思ったおじちゃんと互いに言葉が交錯してしまった。

これはこれで良かったかもな。

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