見出し画像

#タクシードライバーは見た「目茶目茶」前編

大分前に、困るというか少し腹が立った時があった。
いや、少しというより、お客様が降りた後に「クッソが!」と語頭も語尾も強めながら蛮骨で粗っぽく、可愛げのない醜な言葉が口から滑り出てしまったことがあった。
おそらくだが、私は普段からそういった言葉遣いをする方ではなく「クッソが!」と言ってしまった後も「あ~クッソが!とか言ってしまった―」と宥めようとする自分が現れたりする。
だからなんというか、深い憎しみではなく、今もたまたま思い出したから書いているだけでしかない。

操縦者と指示者では取れる行動、取りたい行動に違いが生じる。
そのことを知らずに指示者の立場だけで物事を言われると少し困ってしまう。
タクシーで言えば、操縦者は運転手、指示者はお客様という構図になる。
お客様が「ここ右で」と言おうが、対向車がいたり右折禁止であれば操縦者は“右折”という行動が取れない。
そういうことを分かってくれているだけでも有難さを感じる。
つまり、指示者のみの感覚だけで行動を促されることも意外とあるのがこのタクシーの車内。

渋谷のある通りで信号待ちをしていると、ある家族連れの二組が右から左に横断歩道を渡って来た。
渡ってこちらの目の前に来るとタクシーへ乗ろうと合図を出している。
服装は結婚式か何かの発表会の後の様な装い。
扉を開け迎えようとするが、4名家族が二組、一台でお送り出来ない分私と、私の2台飛ばした後ろのタクシーに分かれて乗ることになった。
こちらに乗ったのは30代中盤くらいの夫婦と、お子さんが10歳ほどの長女、6歳ほどの次男の4人。
全員が後部座席に乗り込み、お子さん二人が先に運転手席後ろの奥の方へ詰め、そして真ん中あたりに奥さん、一番左端に夫が乗って来た。
乗ってくると、夫の方が「あ、一応、ここ真っ直ぐなんだけど~」と第一声を掛けるが、それより先に乗っていた息子さんがそれを上回るような声で「○○たち後ろに乗っってるのー?」と後部座席から後ろを振り向きながら言い、奥さんの方がそれに返すように「そうだね~、、一緒に行った方がいいかなぁ?」夫にかけているのかどうか分からない微妙な返しをし、その後にようやく夫が乗って声を掛けてきたのでほぼ三つが同時に降りかかって来た。

多少聞こえにくかったが行き先を伝える夫の声を優先的に聞き、「真っ直ぐ」という情報だけで真っ直ぐ行くことにする。
その間も息子さんと奥さんの会話が進み、
息子さんの「あれ、どれ~?」に対し「えっとね~もう少し後ろかな、、ねぇこれ後ろ付いてきてもらった方がいいかな~?」とまた微妙な言葉を夫に掛ける。
しかし、夫は「真っ直ぐなんだけど~」の後に続く説明をしようと「明治神宮の方で~」とこちらに話していて、奥さんの言葉は半分聞いて居るような状態。
その「明治神宮の方で~」の後に奥さんの「付いてきてもらった方がいいかな~」の声が掛かり、夫は「明治神宮の方で~、、ん?あ~」と言葉に詰まる。
行き先を言おうとしているからこちらも聞く姿勢ではいるが、この間、信号は赤から青に変わっており、先頭だった私はずっと止まっているわけにはいかず、それを聞きながら走り出していた。

「明治神宮の方で~、、ん?あ~」の後に続いたのは「そうだな、ちょっとまって」と奥さんの言葉を一旦止め、再び「明治神宮の方ではあるんですけど~、とりあえず~真っ直ぐ行ってもらって~」と続く。
かしこまりましたと返して真っ直ぐだけを考えて進むが、この間も息子さんと奥さんの会話が続いている。
「あ、あれかな~」と奥さんが息子さんに促すしたあとすぐ、再び「ねぇこれ付いてきてもらった方が良いんじゃない?場所分かってるの?」と夫に掛ける。
「あ、分かんないかな?」と後ろの同じ目的地に向かうご家族がどこに行くのかを知っているのか知らないかの議論に入る。
もし後ろのご家族が知らないとなると、一応こちらも後ろがついてこれるような運転を考える選択肢が出てくる。最悪電話で、という選択肢もあるが、付いてこれる距離なら付いてきた方がお互いのご家族も、前後の運転手としても手っ取り早い。

このややこしいやり取りはタクシーではたまにあることだが、少し厄介なのが今走っている通りがこれから複雑になりながら渋谷駅付近を走るということ。
車線は狭くなり、交通量も増え、車線変更を含め停まったり進んだり、ペースを落としたり、柔軟にどの選択肢も選べる場所ではない。
もし後ろのご家族を待つなら待つ、先に行くなら行く、そして何よりどこまで真っ直ぐ行くのかを知っておかないと、こちらも後々面倒だし、
他の車の迷惑になる運転になってしまう可能性がある。

どうすんだ?と思いながらも、いつもは少々渋滞する交差点を嫌な気にさせるほどスッキリと通過していく。
――あぁ、ここで停まれたら多少時間取れたのに. . . 。
そう思いながら交差点を越えると、2台飛ばした後ろのご家族が乗るタクシーはその交差点が赤になり停まってしまった。

「あ、停まっちゃった、どうする?待ってもらう?」奥さんがそう夫に声をかけるが、この時点で安易に停める場所などなく正直こちらは面倒くせぇという思いが少々募りながらハンドルを握っていた。

後ろが停まったことを聞いた夫は「え、うそ、あぁどうしよ、じゃあ運転手さん、この辺で一旦止まってもらって」と言いながら奥さんは「私一応電話してみる」と次の行動に移る。
正直、「この辺で」と言うが無理に近い。
それに、こちらも最初の時点で一旦止まれば良かったのだが、信号が青に変わっていた上に乗って来た時点で停まる選択肢は取りにくい場所にいて、それに関しては諸々タイミングが悪い。
このお客様の都合だけで車を停めることは他の車を考えると出来ない。
しかも、ただでさえ渋滞するポイントにいる。

厄介な客だな~とは思いながら、少々無理やり後ろのご家族の乗るタクシーを待つために停めることにした。
「後ろ来たら前に入ってもらおう」奥さんは電話の呼び出しの間に夫にそう言い、それが聞こえた私は「は?なんだその自由な考えは. . .」と、自分の思う通りにしようとするところに腹を立たせそうにいた。


続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?