_タクシードライバーは見た__60歳を越えたタクシー運転手の幸せな働き方_のコピー__86_

#タクシードライバーは見た「喜びの災難」前編

煩わしい出来事には遭遇したくない、常にそう思っている。
この仕事でいえばお客様にあたる。
今にも吐きそうな泥酔客、言い掛かりをつけて絡んでくる泥酔客、酒とにんにく入りラーメンを食べた後の混ざった口臭で、更に濃度の高い鼻をひん曲げるほどの異臭を「ウップ」と吐き出したりあくびをして車内に漂わす泥酔客。
それらのお客様をお乗せしても全く持って喜べないし、厭わしい。
はずだった。

深夜零時頃、六本木でスーツ姿の男性をお乗せした。
ネクタイを外し第一ボタンを開け、着崩している。力の抜けた様子で乗って来た男性の目は今にも閉じそうで口調も文字にすると波打つように来事には遭遇したくない、常にそう思っている。

この仕事でいえばお客様にあたる。

今にも吐きそうな泥酔客、言い掛かりをつけて絡んでくる泥酔客、酒とにんにく入りラーメンを食べた後の混ざった口臭で、更に濃度の高い鼻をひん曲げるほどの異臭を「ウップ」と吐き出したりあくびをして車内に漂わす泥酔客。

それらのお客様をお乗せしても全く持って喜べないし、厭わしい。

はずだった。


深夜零時頃、六本木で着崩したスーツ姿の30代中盤ほどの男性をお乗せした。
ネクタイを外し第一ボタンを開け、力の抜けた様子で乗って来た男性の目は今にも閉じそうで口調も文字にすると波打っているように不明瞭でふやけている。何となくだが嫌な気もした。
しかし、乗車後はなんの差し障りもなく嫌な気も自然と消えた。
お客様の目的地は渋谷方面で、六本木から渋谷へ抜ける際には必ずと言っていいほど渋谷駅付近で渋滞にあう。
六本木通り、青山通りという都心部の二つの幹線道路が交わり、世田谷、神奈川方面へと抜ける動脈である玉川通りへ合流するネックポイント。
それを予想し少し面倒だったが意外にもすんなりと抜け切れた。
乗車時の気もすっかり忘れ、なんなら気分も上々となりかけていた。

目的地まではあと少し、時間にすると3分ほどのところまで来ていた。
――この後はどのポイントへ向かおうか
終わったも同然で次のことを考えながら交差点を右折していると
「あ、すみません」
急にお客様が声を掛けてきた。
はいと返事する間もなく続けて出てきたのは
「あの、吐きそうっす」
「え、あ、あ、」
まさかの出来事に言葉が詰まる。

(こんな音楽が流れてきたような気がした)

さらに、交差点を右折している最中でその場に停まることも出来ず、少々走らなければならない。
「えーっと、吐きそうですか、じゃあとりあえず窓を」
そう言って運転席にある後ろの窓を開けるスイッチを操作するがコンマ5秒ほど開けた後、助手席の窓を開けていることに気付き手の位置を変えようとする。
しかし、タイミングが悪く右折した先の通りが工事によってひん曲げられ、少しそこに気を取られながら、更に“お客様が吐くかもしれない”という一刻を争う不安から右手中指にも少々力が入り助手席の窓を全開になるまで開け続けた。
ヤバイ!!
更に不安が高まり、急いで右手の人差し指で後ろの窓を開けるスイッチを押す。
窓を開く限度まで開けたが、後部座席は前回になるまで開かない仕組みになっている。
窓から吐くとしたら少々身体を起こさなければならない。
このお客様はその壁を越えて外に吐いてくれるだろうか。
それにまだ工事によってズラされた場所を走っていて停まることも出来ない。
吐かれたら終わりだ、早くしないと。

続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?