見出し画像

日本のアンブレラスクーリング

 ホームスクーリング・センターkokageでは、ホームスクールのスタイルとしてホームスクーリング、アンスクーリング、アンブレラスクーリングの3つを紹介しています。

スクリーンショット (22)

 アンブレラスクーリング
 複数のホームスクール家庭が集まり、同一のカリキュラムを共有したり、短期のプログラムに参加することをいう。
国によってはこのスクーリングに参加することによって義務教育課程を履修したものとされる場合があり、それに相当した学習カリキュラムや教材等を正規学校から提供される。
※日本では自由な教育(どんぐりクラブやフレネ教育などの学習指導要領とは異なった指導方法で展開される学習)を、ホームスクール家庭等でコミュニティを作り、共同で取組むケースが登場している。

 今日は、日本版アンブレラスクーリングってこんな感じのことをいうんじゃないかな?と思っていることを書きます。

 


ホームスクーリング家庭のコミュニティ

 ひとつめには、これが挙げられますが、必ずしも、ホームスクールをしている家庭だけが対象でないところが、日本版アンブレラスクーリングの特徴です。いわば、こどもの成長とまなびを親が学ぶ場所であり、親と子が共に過ごし、親は子から学び、親同士では子への働きかけの知恵を学び合う場ということになります。

自主保育グループ
複数の親子でグループをつくり、グループ内で決定した理念や方針に沿って活動する。方針に共感した親子が集まり、特定の園舎等は持たず、地域の教育資源を活用することができる。
ホームスクーリング・センターkokage つなぎあい>コミュニティ・デコレーションケーキより

 自主保育グループではキョウダイ参加を歓迎するグループもあり、就学年齢児のきょうだいも一緒に活動している様子があります。ホームスクール家庭ではキョウダイ皆で活動する要求もあることから、このような場が望まれます。各地域の特色を生かした活動内容となることでしょう。

​森のようちえん
自然体験活動を基軸にした子育て・保育、乳児・幼少期教育の機会。実施主体や規模、方針、内容等はさまざま。

​自然学校
自然環境を活かし、自然体験を通した自然科学の理解など、それぞれ資格を持った専門家が関わった学習の機会。

ーコミュニティ・デコレーションケーキより

 自主保育と区別される点は、自然体験活動を指導する有資格者の存在です。「森」という場所で安全に活動する知識を持った指導者がいることが心強く、幅広い知識を基に、体力作り、知恵を身につけることができる保育とこどもの成長の場として注目が集まっています。


「家庭でまなぶ」を共有する

 例えば、どんぐり倶楽部です。

 ホームスクール家庭が対象というわけではありません。学校に登校する家庭でももちろん広く活用されています。ホームスクール家庭に人気のどんぐり倶楽部ですが、その魅力とはどんなものなのでしょうか。
 ひとつには学校の授業で教わることとは「なんだか違っているぞ?」というものです。

「このHPは親切なHPではありませんが、宝の山です
宝は自力で見つけて下さい」ーどんぐり倶楽部HPより

 そう書かれたホームページをどうか探索してほしいと思います。


 つなぎあい>ホームスクーリング教材のヒント~ホームスクーリング編~のページでは、家庭でまなぶスタイルのためにつくられたカリキュラムや教材を提供するサイトをいくつか紹介しています。

スクリーンショット (24)

 「水道方式/遠山啓」のキーワードはフレネ教育を実践しているフリースクール(下記リンク:ジャパンフレネ)から知りました。やはりその指導内容を共有する機会が設けられており、フリースクールにおける学習や家庭における学習内容としても注目されています。


kokageが考える日本版アンブレラスクーリング

 kokageホームページ つなぎあい>コミュニティとサポートのページでは、アンブレラスクーリングについて書いています。近年のホームスクール家庭が集まるグループとその活動目的の別について触れています。


スクリーンショット (25)

 

 kokageが考える日本のアンブレラスクーリングの場は、前述したようにホームスクールをしている家庭のみを対象としているものとは限らず、すべての家庭が選び参加することができるいわば垣根の無い空間です。
 あるものを活用する「いいとこどり」のホームスクール家庭にふさわしく、それぞれの家庭に合うスタイルにカスタマイズしていきます。同時に、より我が子ひとりひとりに合った適切な学習環境を取り入れようとする教育について深く考える家庭とも共通項が多いように見えます。いずれも既存の学校教育のスタイルにとらわれず、時代を見通した目を持ち、こどもたちの未来を思い描く親たちの姿が目に浮かびます。


親と子が共にまなぶ

 フリースクールとの違いが見えるでしょうか。

 フリースクール3種類と、近年みられるホームスクーリングのサポートの傾向を書いています。近年のそういった傾向から、ホームスクーリング教材のヒントとして、kokageでは「学校教育在宅学習編」と「ホームスクーリング編」に分けています。学校教育在宅学習編は、不登校からホームスクールのキーワードでたどりつく方に向けたものでもありますし、ふたつのページを用意することで、どのような過ごし方をするのかの家庭方針を定める必要があることを感じてほしいからです。
 これとは別にアンブレラスクーリングについて記述しました。フリースクールは「学習者の活動」に焦点があてられており、ホームスクーリングのサポート傾向は「学習」にのみ焦点が当てられてます。前者は時に家庭にも学校にも居場所がないこどもたちの安息地になっています。アンブレラスクーリングの機会は、ホームスクールの大前提である家庭を基盤としていることに焦点があてられています。親と子が同じ空間にいながら、他の親子関係からまなびを得ることや、他者と時間を共有することで、我が子の一面を発見し、新たな気づきを得ることができる期待があります。
 そのような機会が、低年齢層のみならず、就学年齢においても重要であることがもっと知られてよいように思います。就学すると、あたかも家庭教育の修了であるかのように思われがちです。しかし、家庭での役割は、こどもの成長とともに社会とのつながりをもつ架け橋でもあります。大人の目線、社会人の目線、先達者の目線から社会を語り継ぎ、未来の彼らが今なにを知り、なにを追求していくかの後押しをする安心と安全のある居場所が家庭というわけです。

スクリーンショット (140)
スクリーンショット (141)
スクリーンショット (27)

そだちあい>ホームスクーラー(親)はなにをする?の図解のイメージからも伝わるといいなと思います。


思想と信念と選択肢と

 ホームスクールをしたいとその魅力に惹かれている親でも、こどもの意向や環境により学校に登校することが最善だと選択することはもっともなことです。


note『日本のホームスクール』からスクールアットホームについての記述を一部抜粋します。

ホームスクーリングも同様ですが、仮に学校の教科単元を学習することを家庭で採用するとしたら、メリットは 一条校の学校への復帰や進学するのがスムーズとなることでしょうか。テストに回答することは、回答様式を理解するなどの技術が必要ですが、それらになじんでいるので、いわゆるテスト(試験)を受けることが容易です。学校の授業の進度や入学試験等にも合わせやすいでしょう。その場合には学校社会で通じる価値観念をどのように受け容れ、家庭からは、それとどのように融合して、こどもを導くのかも充分に考慮しなければならなくなるでしょう。学校に適応するために必要な考え方や行動、規律の理解が必要になります。こども自身が、それらをどのように理解し、解釈し、受け止めているかということも常に確認するアンテナを張る必要があります。
 アンスクーリングが、このようなスクールアットホームに成り代わる可能性は非常に低いと思われますが、思想という点においては、生育環境においてなじみのある思想以外にも多様な価値観にふれ、それらについて思考する機会が与えられていないのであれば、やはり子に多様なまなびの選択の機会がないことになるでしょう。子の年齢と、心身の成長発達によりますが、家庭の安定したモデルのなかで一定の価値観の土台が築かれたのちに、多様な価値観とふれるたびに自ら自己を形成し、それを思想として内面化するプロセスによって個を成長させていくものです。安定と変化…円の軌跡をたどりながらスパイラル上昇するように、それを繰り返していくのです。多くの本や人、情報との出会いがそれを助けてくれるはずです。

 学校であれ、どこであれ、その価値観念が家庭において語られる機会が大いにあれば、どこにいても、誰といても、自分の信念を曲げずに持ちながら、周囲の環境とうまくつきあっていく方法を身につけていくことも可能なはずです。今現在、学校でうまくやっていけているこどもたちのなかには、良い意味で割り切れることができて、学校生活を楽しめている子もいることでしょう。より先の将来を見据えていたり、今、必要なことのためになにをすべきかが明確であったりすることで、それらは実現するのかもしれません。
 こう考える理由は、学校にこどもが通ている家庭の親御さんとも、学校の先生とも、こどもの成長について・こどもの健全な環境について・こどもの健康について・こどもの学びについて…と語り合う機会が私にはあったからです。思いは同じ。その実感がゆるがない経験を持っているからです。

 ほんのちょっと。それこそ偶然や「たまたま」といいたくなるくらいのほんのわずかなタイミングだったり、環境の違いだったりするのだと思うのです。こどもたちひとりひとりを取り巻く環境が違ってくるのは。

 でも、誰もが信じているはずです。

こどもはみな、生まれも育ちも関係なく
 しあわせになる権利がある
こどもが、「しあわせになれる」と思える社会じゃなくちゃ嘘だよねって。


 複雑だと思える課題は多くふりかかってくることでしょう。でも、そんなときはシンプルなところにどうか戻ってみてください。
 生まれたばかりの赤ん坊が誰であれ、感じる思い。


 幸福に生きる以外の何がこの子に似合うというのだろう。

 小さな手で握ろうとする。口をあけてなにかを発しようとする。
そんな赤ん坊から、奪えっていいものなんてなにもなくて、ただただ与えたいと心の底からわきおこった自分の優しい心。
 与えられる「物」がなにも無いとふと思ってしまった時に、悲しみは襲ってくるものなのではないでしょうか。

 我が子であっても、そうでなくても、「こどもたち」と共に過ごす街の暮らしを、どうか今日もたのしんでください。図書館に、博物館に、公園に、散歩道に、お店にも。思いを寄せるならば、きっとその姿を見つけることができるはずですから。

ここから先は

0字
不登校とホームスクール。制度上の制限と基本的人権。自由を得るために、その平穏を守るために知っておきたいことの数々です。戦わなくていいの。平和に暮らそう。

学校教育を選ぶ。オルタナティブ教育を選ぶ。その前に、学校教育信仰から脱し、新たに「教育とはなにか」「学びとはなにか」を問い直す。デ・スクー…

ここまでお読みくださりありがとうございます! 心に響くなにかをお伝えできていたら、うれしいです。 フォロー&サポートも是非。お待ちしています。