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【小説】太陽のヴェーダ

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どう見ても異常があるのに「異常なし」しか言わない医者たちに失望した美咲。悪化した美咲に手を差し伸べたのは、こうさか医院の若き院長、高坂雪洋。雪洋の提案は、一緒に暮らすことだった。…
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#血管炎

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(あとがき)

(第1話/あらすじ)   あとがき 闘病ものというと、余命宣告されて、残りわずかな時を精一杯生きて、惜しまれながら散る――そういうドラマばかりでうんざりした時期がありました。 もちろんそれで救われる人もいるでしょうし、かくいう私も以前は涙を流して視聴していたものです。 しかし「持病があるけど、他の人と同じように明日も日常をこなさねばならぬのだ」という立場に立ったとき、命を散らして終わるドラマでは明日が見えなかったのです。 決して反抗的な態度を取りたいわけではありません

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(31)

(第1話/あらすじ) 約束通り、勤務を終えた瀬名が車で送ってくれた。ぐっすり寝たおかげで、体がだいぶ軽い。 最寄りの駅前で降ろしてもらい、スーパーで買い物をする。自宅までそう遠くはないが、買い物は体に負担がかからないよう、時間も重さも必要最低限に留めた。 外のベンチに座ると、美咲は深く息を吐いた。 今日はいろんなことがありすぎた。 深い呼吸を繰り返し、心を静める。 落ち着きを取り戻すと、今度は意識を巡らせ、内側から体を見つめた。――たしかに軽くはなったが、やはり不調は

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(30)

(第1話/あらすじ) 高坂総合病院、皮膚科診察室。 「さて、問診をしようか」 瀬名がメガネを指で押し上げた。 レンズ越しに美咲を眺める様は、間違いなく楽しんでいる。 「あの付き添いの男性は?」 「……職場の方です」 「一昨日、昼に喫茶店で一緒だった人?」 「……そうですけど」 「プライベートの付き合いは?」 「瀬名先生、それって問診ですか?」 「大事な問診だけど?」 はあ、そうですか、とあきらめる。 「……付き合ってほしいと言われました」 「いつ?」 「……さっき」

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(29)

(第1話/あらすじ)   ●問診 その日の午後、想定外の体力仕事が課せられてしまった。公民館での催し事の準備に、美咲が助っ人として駆り出されたのだ。 脚立を運んだり、展示物を飾る台やパネルを設置したり。正職ではない美咲がこういった助っ人仕事をするのは時々あったが、連日足へ負荷がかかることだけは、心底避けたかった。明日木曜日は、学級文庫を選ぶ作業があるというのに。 「これからは……公民館側の予定も、チェック……しておこう……」 重量物を持って、すでに階段を五往復していた

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(25)

(第1話/あらすじ)   ●退院前夜 新しく住むアパートも決まった。 新しい仕事も決まった。 荷物も大方運び入れた。 手元にあるのは、貴重品と必要最低限の日用品だけ。 明日、「退院」する。 雪洋と二人で過ごす生活も、これでおしまい。 明日からは一人でやっていく。   ――何時だろうか。 美咲にしては珍しいことに、夜中に目が覚めた。 体調が安定してからは、痛みで目が覚めることなんて滅多になかったのだが。これが最後の夜と思っていたから、気が高ぶったのだろうか。 「

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(21)

(第1話/あらすじ) 「美咲! どうしました!?」 雪洋の声―― 倒れたおかげで頭に血が巡り始めたのか、めまいは少し治まっていた。 「水を何回も流す音がしたから心配していたんです。嘔吐ですか? 下痢ですか? 倒れたとき頭は打っていませんか?」 ゆっくりと体を起こされる。 頭に異常がないか、雪洋が指先で探っている。 「頭は平気……。おなか、急に痛くなって……便意が、何回も、何回も……」 「下痢ですか?」 美咲はかすかにうなずき、でも、と唇を動かした。話すのがひどく億劫

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(20)

(第1話/あらすじ)   ●体からのサイン 元気になります、と宣言したものの、その後美咲の体調はいまひとつ冴えなかった。 雪洋が土曜日の午前診療をしている間に昼食の用意をしてみたが、いつも以上に疲労感がある。 食欲よりも睡眠欲の方が強い。 『少し調子が悪いので休みます』 雪洋宛のメモの筆跡が我ながら弱々しい。 ベッドに潜り込む。――至福の時。 疲れと意識が、心地よくベッドに吸い込まれていった。   美咲、と伺うような囁き声がした。 薄目を開けると、雪洋がのぞきこ

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(14)

(第1話/あらすじ) 「ばかですね。本当ばかですね」 これで何回目だろう。 運転席の雪洋はまだ不機嫌そうな顔をしている。 「そうだ美咲、杖は持ってきましたか?」 先日、雪洋が杖をくれた。 折り畳み式の杖で、一度だけ試しに使ってみたら、これが思いの外良かった。 とても楽に歩ける。でも―― 「持ってくるわけないじゃないですか」 「どうして?」 「杖だけは嫌です!」 美咲にとって杖というのは老人の象徴であり、二十七歳の自分にはどうしても抵抗があり、絶対に人前では使いたくな

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(13)

(第1話/あらすじ)   ●過去の指輪 肩まで短くなった髪の毛を揺らしながら、美咲は部屋の片付けをしていた。 髪は雪洋が切ってくれた。 予想はしていたが、手先の器用な雪洋は髪を切らせても上手かった。 鏡に自分の顔が映ると、まじまじと見つめて顔がほころんでしまう。自分で言うのも何だが、若々しくなって、かわいくなった――と思う。 「先生さすがだなあ……」 髪に触れては笑みがこぼれる。 気持ちが明るくなると、体も調子がいい。 今日は部屋の片付けをする。 この体が過ごしや

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(10)

(第1話/あらすじ)   ●言わぬが花 目覚まし時計が鳴っていないのに目が覚めた。 たしかに何か鳴っている音がしたはずだと頭をもたげると、枕元のケータイが点滅している。どうやらメールの着信音で起こされたらしい。 親しかった同級生からだ。 久しぶりにメールが来た、という状況で、なんの用事か大体察しがつく。 『無事出産しました! 男の子です』 ――やっぱり。 目に飛び込んできた文面に、美咲は寂しいような、うんざりしたような思いに駆られた。 二十七歳―― 周りの女性たち

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(9)

(第1話/あらすじ) 「すっきりしたでしょう? 今まで言いたかったこと、粗方言えたんじゃないですか?」 横になった美咲は、ベッドに腰掛けている雪洋から顔を隠すように夏掛けを口元まで引き上げた。さっきまでの自分の乱心を思い出すと恥ずかしくていたたまれない。 「本当は止めたくなかったんですけどね。叫び足りないなら明日また聞いてあげますよ」 「いいですもう……。自己嫌悪で立ち直れません」 すっかり毒気の抜けた美咲を見て取り、雪洋は話し始めた。 「美咲はね、いわゆる人生の岐

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(8)

(第1話/あらすじ) 深夜、美咲の部屋のドアを軽くノックする音。 部屋に滑り込み、足音もなく颯爽とベッドのそばに近付く気配。 夏掛けがそっとはぎ取られる。 「やっぱり」 白衣を着た雪洋がため息をつく。 美咲は涙まみれで泣きじゃくっていた。 すみません―― 声も出ない。 目の前で揺れる、羽織っただけの白衣の裾に美咲は手を伸ばした。 「どうしてあなたは……白衣だと素直なのに……」 しがみついている美咲を見て、雪洋はまたため息をついた。ベッドに腰掛け、美咲の頭に優しく

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(7)

(第1話/あらすじ) 「血管炎……?」 「正確には、『顕微鏡的多発血管炎』と言います」 雪洋から告げられた病名はまったく聞いたことのないものだった。「何ですかそれ」と尋ねると、雪洋はわずかな間を置いて答えた。 「特定疾患です」 え? と声が出た後は沈黙が流れた。 我が耳を疑う。 雪洋は美咲の思考が追いつくまで見守っている。 「特定疾患……って、あの、お国が定めた、あの特定疾患ですか?」 「はい。その特定疾患です」 ということは、それは、つまり…… 「難病ってこと…