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【小説】太陽のヴェーダ

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どう見ても異常があるのに「異常なし」しか言わない医者たちに失望した美咲。悪化した美咲に手を差し伸べたのは、こうさか医院の若き院長、高坂雪洋。雪洋の提案は、一緒に暮らすことだった。…
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2023年4月の記事一覧

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(11)

(第1話/あらすじ)   ●雪洋の予言 自宅療養が明けて職場復帰すると、美咲はまた元の仕事三昧へと戻ってしまった。どうせ一ヶ月で戻るからと、職場の者は美咲の仕事に、大して手を出していなかったのだ。 「お帰りなさい」 雪洋が玄関で出迎える。 「ただいま帰りました……」 足が痛くて靴が脱げない。 「肩につかまっていなさい」 ふらつく美咲の足元に雪洋がしゃがむ。 足の裏の腫れに触れないよう、そっと靴を脱がせてくれた。 「近頃ますます帰りが遅くなりましたね。せっかく一度は回復

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(10)

(第1話/あらすじ)   ●言わぬが花 目覚まし時計が鳴っていないのに目が覚めた。 たしかに何か鳴っている音がしたはずだと頭をもたげると、枕元のケータイが点滅している。どうやらメールの着信音で起こされたらしい。 親しかった同級生からだ。 久しぶりにメールが来た、という状況で、なんの用事か大体察しがつく。 『無事出産しました! 男の子です』 ――やっぱり。 目に飛び込んできた文面に、美咲は寂しいような、うんざりしたような思いに駆られた。 二十七歳―― 周りの女性たち

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(9)

(第1話/あらすじ) 「すっきりしたでしょう? 今まで言いたかったこと、粗方言えたんじゃないですか?」 横になった美咲は、ベッドに腰掛けている雪洋から顔を隠すように夏掛けを口元まで引き上げた。さっきまでの自分の乱心を思い出すと恥ずかしくていたたまれない。 「本当は止めたくなかったんですけどね。叫び足りないなら明日また聞いてあげますよ」 「いいですもう……。自己嫌悪で立ち直れません」 すっかり毒気の抜けた美咲を見て取り、雪洋は話し始めた。 「美咲はね、いわゆる人生の岐

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(8)

(第1話/あらすじ) 深夜、美咲の部屋のドアを軽くノックする音。 部屋に滑り込み、足音もなく颯爽とベッドのそばに近付く気配。 夏掛けがそっとはぎ取られる。 「やっぱり」 白衣を着た雪洋がため息をつく。 美咲は涙まみれで泣きじゃくっていた。 すみません―― 声も出ない。 目の前で揺れる、羽織っただけの白衣の裾に美咲は手を伸ばした。 「どうしてあなたは……白衣だと素直なのに……」 しがみついている美咲を見て、雪洋はまたため息をついた。ベッドに腰掛け、美咲の頭に優しく

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(7)

(第1話/あらすじ) 「血管炎……?」 「正確には、『顕微鏡的多発血管炎』と言います」 雪洋から告げられた病名はまったく聞いたことのないものだった。「何ですかそれ」と尋ねると、雪洋はわずかな間を置いて答えた。 「特定疾患です」 え? と声が出た後は沈黙が流れた。 我が耳を疑う。 雪洋は美咲の思考が追いつくまで見守っている。 「特定疾患……って、あの、お国が定めた、あの特定疾患ですか?」 「はい。その特定疾患です」 ということは、それは、つまり…… 「難病ってこと…

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(6)

(第1話/あらすじ) 第2章 病名   ●白い道 美咲の体調はだいぶ回復していた。 紫斑はほとんど消え、膝も痛くない日が増えた。 ――が、やはり朝晩は時々痛み、動きもぎこちなくなって転びそうになる。 「杖を使ってみますか? 職場でも、足が悪いというアピールになるでしょう」 「杖!? いや、それはちょっと……」 老人が持っているイメージしかない。 ふと、外で車が止まる音がした。 耳を澄ましていると、ドアを開け閉めする音もする。もうすぐ夕食だというのに客だろうか。 「

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(5)

(第1話/あらすじ) 「おはよう天野さん」 聞きなれない声に、美咲はびくっと肩を震わせた。 笑顔でのぞきこんでいるこの男―― ああ、昨日のお医者さん。 ええと……高坂先生。 白衣、着てる……。 「あれから眠れましたか?」 「はい、おかげさまで」 いつもより体が軽い。 それでもやはり寝起きは関節が強張っている。 横向きで寝ていたから下になった右腕は力が入らず、支えにして立とうとすると、ガクッと力が抜けて体勢が崩れた。 「体、痛いですね?」 雪洋が支えてくれる。 白衣を

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(4)

(第1話/あらすじ)   ●同居入院、開始 「天野さん、一人で歩かないでください。何のために私がいると思ってるんですか」 同居は開始されたが、雪洋の目が離れると、美咲は自分一人で歩こうとしていた。 「すみません。つい、いつもの癖で……」 でも本当の理由は別にある。 「先生、普段は白衣……着ないんですよね……」 「白衣? 白衣が好きなんですか?」 「そういう趣味はありません」 「勤務中はもちろん着てますよ。スクラブ白衣ですけど」 スクラブ白衣……医院で着てた紺色のあれか

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(3)

(第1話/あらすじ) 「体の痛みはいつからですか?」 「五、六年前から……」 「この紫斑は?」 「一年くらい前から時々。今は、毎日……」 診察台で仰向けになったまま、美咲は答えた。 「病院へは?」 「先月、個人病院から出された薬で一ヶ月様子をみましたけど、何も変わりません」 「先月? 一年前と、五、六年前は?」 「……五年前までは行ってましたけど、それ以降、病院へは行ってません」 あからさまに美咲の声のトーンが落ちた。 雪洋から目をそらす。美咲の口元は笑っていたが、目

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(2)

(第1話/あらすじ) アスファルトに足を引きずる乾いた音が響く。夏の日差しが反射して、足元からも攻撃してくる。 「暑い……。暑いし痛い……」 ぴったりめのTシャツがやせた体のラインをなぞる。 この暑さの中、紫斑を隠すためにカーゴパンツを足首まで下ろしてはいている。 以前住んでいた場所は職場までやたら遠かったこともあり、二年ほど前に今のアパートへ引っ越してきた。平日は仕事に追われ、休日は体の痛みでダウンしているから、近所に何があるのかまったく把握していない。 瀬名に教

【小説】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと(1)

(あらすじ/あとがき) 第1章 「異常なし」   ●もうやめた 市内にある高坂総合病院。 皮膚科診察室。 「天野美咲さんですね」 白衣姿の若い医者が所見を述べる。 「検査の結果は――」 うつむいて次の言葉を待つ。 膝に乗せた、節々が不格好に腫れている手指をにらみながら。 「特に異常無しですね」 「――え?」 医者の言葉に思わず顔を上げる。 目が合ってしまったので、また自分の両手へ視線を落とす。 「異常……無し……」 医者の言葉を力なく復唱する。 この病院で何回目

【小説案内】太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと

(第1話/あとがき) 太陽のヴェーダ 先生が私に教えてくれたこと ■あらすじ どう見ても異常があるのに「異常なし」しか言わない医者たちに失望した美咲。病院に行かないまま五年が経ち、美咲の体は悪化の一途をたどった。 そんな美咲に手を差し伸べたのは、柔和で温厚な、こうさか医院の若き院長、高坂雪洋。 雪洋からの提案は、 「ここにしばらく住んでみませんか?」 面食らいながらも、この人なら助けてくれる、と確信した美咲。かくして美咲と雪洋の同居生活が始まった。 「私、治るん