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【映画】あなたの事を何も知らなかった〜ヤン ヨンヒ監督〜「スープとイデオロギー」

ヤン ヨンヒ監督の「スープとイデオロギー」を見た。
在日である自分自身と母親についての、セルフドキュメンタリー。
4人兄弟の末っ子である監督、その母は自分の3人の息子、つまり監督の兄を「帰国事業」で北朝鮮に送り、仕送りを続けてきた。

前作「かぞくのくに」では、その兄が日本にやってきた時のことをフィクションとして描いていたが、今回はドキュメンタリー。今は亡き父親、そして母親と自らにカメラを向けた。

余裕がない中でも北朝鮮の親族への送金をやめない母。その母に対しての苛立ち。監督が12歳年下の日本人の男性と結婚する経緯。徐々にボケていく母親。そして母親が北朝鮮に希望を託すようになったきっかけとなる若き日の痛ましい出来事について描かれる。

118分の映画。刺激的な部分もあれば、冗長な部分もあった。
映画としての、ドキュメンタリーとしての完成度という評価で言えばわからない。正直、わからない。それでも時間もお金も損をしたとは思わなかった。

語られない歴史があること。その空白の重みが伝わってきた。
空襲に襲われた大阪から済州島に疎開した監督の母親を襲った「四・三事件」と呼ばれる悲惨な出来事。イデオロギー対立の中で起きた、同じ民族同士での虐殺事件。その事を母親は実の娘にもほとんど語らず、死の間際にようやく語り、しかしすぐにアルツハイマーの闇に入っていった。

監督は朝鮮籍の母親を手を尽くして済州島の現場に連れていくが、母親はもう何も語らない。穏やかに笑っているだけだ。本当にボケているのか、あるいはそのふりをしているのか。監督にも、見る人にもわからない。

虐殺によって許嫁を失い、密航船で日本に戻ってきたという母親。その事を話すことは命の危険につながると信じて生きてきたという。語られなかったことを、語られないままに終わらせたくない。その焦りのようなものが、作品の基調低音として流れる。

特別な状況の家族の物語、ではある。
でも「自分は母のことを何も知らなかった」とヤン ヨンヒ監督がモノローグで語る時、その痛みは自分の中にも覚えがある。

家族という理不尽。親という理不尽。色々な問題をデフォルトとして与え、その事が与えた意味を自覚する親もそうでない親も、歳月が過ぎれば先に去っていく。そんな家族が無ければ自分もなく、無関係には生きられないけれど、どこまでそこに引き摺られるべきなのは、わからない。

監督は作品の中で語る。
「私はアナーキストで、どんな政府も信じない」

それは北に対してであり、南に対してであり、日本に対してでもあり、おそらく自分を縛り付けてきた家族だって含まれるかもしれない。

自分を縛りつけようとするものから自由でありたいと思ってきた人が、一番自分を縛り付けてきた愛おしい存在を見つめる映画。

複雑な読後感が残った。


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