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たとえ答えが無かったとしても 映画「シスター 夏のわかれ道」に寄せて

試写会で見た「シスター 夏のわかれ道」
とっても良かったです。

両親が交通事故で亡くなり、ほとんど交流の無かった弟を親族から押し付けられた主人公が、自身の夢と家族の狭間で悩む話。

ストーリー自体はシンプルだけど、バックグランドにある中国の「後継ぎの男の子が何より大事」という家族観や一人っ子政策で2人目の子どもを持つ難しさ(そして、その矛盾に対する怒り)が静かに織り込まれていて、引き込まれる。

両親が2人目の子ども(男の子)を出産するために、主人公は幼い頃「障がい者のふり」をする事を求められる。中国において、貧しい環境でしかも女性である事かどれだけ不自由であるかが、声高ではなく語られる。

行き先の無い幼い弟を養子に出してでも、大学院に進んで医師の道を目指そうとする主人公。それは日本で描かれたら決して共感されるものではないかもしれない。しかし進学の道を諦めたら自分の望む未来は絶対につかめない、その圧倒的なリアルが周囲の人の生活で描かれる。
「自分の人生を自分で決められない」理不尽さに対する怒りが映画には満ちている。

そして何より主役のチャン・ツイフォン。
社会や家族関係の抑圧に反抗し、周りからどう思われようと自分の人生を生きると戦いつつ、自分しか頼るもののいない弟への対する思いに引き裂かれる主人公を見事に演じてました。

憂鬱に黙り込んだ表情の奥に、怒りや悲しみを含んだ複雑な感情を伝える存在感は「セーラー服と機関銃」の頃の薬師丸ひろ子のよう。

映画のラスト、主人公は弟を見捨てようとして出来ず、見捨てようとして出来ず、そしてひとつの決断をする。その決断はひとつの映画的な決着の付け方ではあるけれど、それ以前の繰り返される逡巡の中にこそ監督のメッセージがある。

プロダクションノートで36歳の女性監督イン・ルオシンは語る。
「私はクリエーターとして、彼女に絶対的な結末を与えることはできません。しかし、私が内心伝えたかったことは、世代間の隔たりに痛みは付き物であるということ。そして、我々は永遠に対立しながら、その複雑で親密な関係の中にいるということです。共に生き、折り合う地点を探すのか。あるいは消極的になるのか。あるいは反抗して決裂するのか?アン・ラン(主人公)は羽ばたくことができる以上、羽ばたいてほしいと願うと同時に、この残酷で変化の多い世界でも愛を持ち続けてほしいと願っています。もっとも広い心と最大の自由は、愛の可能性を排除すべきではないと私は思うのです」

ちょっと複雑な言葉。あえて過度に抽象化する事によって何かを伝えようとしているようにすら感じる。

あえて単純化するとすれば、監督が目を向けているのは「大きな矛盾への怒り」と「その矛盾の中に生きる身近な人々への愛」という事で、それをどのようにして折り合いをつければいいのか、果たしてそれは可能なのかという問いのように思えた。

中国社会への批判も含まれた内容で、中国で大ヒットしたというこの映画。
矛盾を肯定するのでも否定するのでもなく、その現実を受け止めて生きていかざるを得ない人を真っ直ぐに見つめた映画。

それも監督の忍耐強い創造力と、若い女優の表現力があってのこと。
見終わった後も、静かに考え続けることのできる作品でした。

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