どう書く京大理系国語2現代文2019

2019京都大学理系二 現代文(評論・約1700字)30分
【筆者】吉田秀和(よしだ・ひでかず)
1913年~2012年。東京日本橋生まれ。音楽評論家。東大文学部仏文科卒業。クラシック音楽の豊富な体験・知識をもとに、音楽の持つ魅力や深い洞察をすぐれた感覚的な言葉で表現、日本の音楽評論において先導的役割を果たす。音楽のみならず文学や美術など幅広い分野にわたる評論活動を続け、日本の音楽評論家としては初の個人全集が刊行され、第2回大佛次郎賞を受けた。
【出典】「音を言葉でおきかえること」。『音楽―展望と批評〈1〉』(朝日文庫1986年)所収。2011年6月まで朝日新聞に連載されていた「音楽展望」などの記事のうち、初期の1969年から1981年までの記事を収めたもの。全3巻。
【解答例】
問一「手間をかける」について、良い批評家はどうして手間をかけるのか、説明せよ。(3行=90~120字)
〈ポイント〉
・「良い批評家」とは、「自分の考えをいつも絶対に正しいと思わず、むしろ自分の好みや主観的傾向を意識し」、読者を納得させる「心構えと能力のある人」である。
・「手間をかける」とは、「自分の考えを筋道たてて説明したり、正当化につとめたり検討したり訂正したり」することとある。
★自分がいつも正しいと限らないことをわきまえた上で、自分の好みや主観的傾向を意識しながら、自分の考えを筋道たてて説明したり、正当化につとめたり検討したり訂正したりすることで読者を説得し、納得させようとするから。(104字)

問二「批評の降伏」はどういうことか、説明せよ。(3行=90~120字)
〈ポイント〉
・「すぐれた批評家」には、「対象の核心を簡潔な言葉でいいあてる力」「対象の核心を端的にいいあてる力」がある。
・「批評家」は「鑑定し評価し分類する仕事から離れるわけにはいかない」から、「音を言葉でおきかえる過程で、『レッテルをはるやり方』からまぬがれるのは至難の業」である。
・しかし「レッテルをはるやり方」からまぬがれるのが至難の業だからといって、「無性格な中性的な言葉」で批評するのは「批評家」として失格なのである。
★対象の核心を簡潔な言葉でいいあてる力が期待される以上、鑑定し評価し分類することからまぬがれられないからといって、音楽作品や演奏を無性格な中性的な言葉におきかえて表現するのは、批評家として失格だということ。(102字)

問三「批評のほうが、その対象よりわかりやすいと考えるのは、真実に反する」のように筆者が考えるのはなぜか、説明せよ。(3行=90~120字)
〈ポイント〉
・「批評のほうが、その対象よりわかりやすいと考えるのは、真実に反する」から、一般には「批評のほうが、その対象よりわかりやすい」と考えられていることがわかる。
・それは「批評を読めば作家なり作品なりがわかりやすくなるだろうという考え」が「広く流布している」からである。
・そのような考えは「批評は解説」であるとするものだ。
・「批評」も「それ自身、一つの作品」であり、「言葉によるほかの芸術と同じように、読まれ、刺激し、反発され、否定され、ときに共感され、説得に成功」するためにある。
★批評を解説として読めばその対象である作家や作品がわかりやすくなると考えられがちだが、批評もほかの芸術のように一つの作品として読まれ、刺激し、反発され、否定され、ときに共感され、説得に成功するためにあるというのが真実だから。(111字)

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