「爪切り」と言おうとしたら「ホタルイカ」と言ってしまう生活の始まり

あの「なかなか死なない」男さえも、失語症なのか。。

僕が今回の脳出血でもっとも恐れたのが、この失語症です。僕は失語症、中でもブローカ失語と言われるものになりました。

まだ体の麻痺であれば、厳しいリハビリを乗り越えることで何とかなるの可能性が高いのですが、この失語症はハッキリした治療法が分からない。要するに、治るのか治らないのか分からないのです。

先日亡くなった石原慎太郎元都知事も、2007年の築地市場の豊洲移転を決めた都の調査特別委員会で以下の様に言っています:

「脳梗塞の後遺症で、平仮名すらも忘れました」

まさに私も平仮名が書けずにいたのです。

さらに言うと、Googleに何というキーワードを入れればいいのか分からない。

ググると言う作業が出来ないのは、今どき、絶望的と言ってもいいでしょう。

今でこそ回復途上にある私の症状を記すことで、病室のベッドの上から読んでいる、同じ症状に悩む人にのためになったら幸いです。


初めに

初めに、言葉に関係することについて、私がどういう能力を持っているかについて書いておきたいと思います。「話す」領域では、プレゼンテーションも結構得意、「書く」領域では、ブログやプレスリリースなども得意として来ました。英語のスコアについても触れておくと、TOEIC L&Rで870点、TOEIC S&Wで280点です。要するに、人並みの能力を持っている人間が、失語症でどの様になってしまうか、そして、どういう道を辿っているかを読んで頂ければ、というところです。

-名前すら言えない:聖路加から初台まで

僕の脳出血は被殻出血と言われるものです。脳出血の中でも最も一般的なもの(一説には、脳出血の約4割をしめるそう)です。症状としては、運動麻痺と失語が挙げられるそうで、運動麻痺は、このシリーズの理学編でお話ししている様に、右半身が麻痺している状況です。

で、失語です。

聖路加国際病院にいたときは、名前も言えず何を言ってるのか分からない書き言葉も間違えるという感じでした。書き言葉については、例えば、iPhoneのキーボードのローマ字入力で間違えつづけ、最後には疲れてしまって諦めるという状況でした。

聖路加に見舞いに来てくれた、ライターさんによると:

「そういえば、Takと病室でお話ししたんですけど、実を言うと何をおっしゃっているのか半分もわからず、どう言ってあいづちを打っていいのかわからんかった記憶があります。ひどい話をしておられるのに「それは運が良かった」などと言っては大変なことになる、としばらく緊張したのを覚えてます」

作家さんとのFacebook messengerより

と言う状況でした。

さらに言い間違え(錯語)もありました。妻との話でも、文脈的にどう考えても爪切りを持って来てくれと言うのを、ホタルイカ持ってきてくれ、と言ってたそうです。

と言う有様で、控えめに言っても、絶望的な症状だったのです。

-初台でのリハ初日

このブログシリーズの最初の所で、デジタル・トランスフォーメーションの話をしました。それが、初台リハビリテーション病院(以下、初台と略記)の言語のリハビリ初日の様子で、2020/10/6です。
初日ということで、言語聴覚士ST(Speech Therapist)が2名体制でついてくれたのです。

STさん 「こんにちは、初めまして」
わたし 「こんにちは(定型文ならなんとか言える)」
STさん 「何をやってたんですか」
わたし 「デジタうトランすフォーメーションをうってます。」(いわゆる「字性錯語」)
STさん 「それはどういうお仕事なんですか?」
私 「あ、それは、…ですね…………………。(言ってることは理解できるが話せない喚語困難)」


テキストで書いてしまうと簡単なのですが、ここまでで約5分です。汗だくで、こんな簡単な事も言えないのか、という疲労と絶望、そして何より脳が疲れるのです

失語症のパターン

失語症には、4つのパターンがあると言われていて、ブローカ失語、ウェルニッケ失語、健忘失語、全失語の4つです。ブローカ失語の症状を以下から引用します。太文字は、筆者が書き加えたものです。

ブローカ失語(運動性失語)は、言葉を聴いて理解する能力は通常ですが、話す際にたどたどしくなったり、音が歪んでしまうケースが多いです。例えば、音韻性錯語として「メガネ」を「メガイ」などと間違えて発音してしまうケースが挙げられます。
また、話をする量は少なく、単語や決まり文句だけ話せるなど短い話し方をする点もブローカ失語の特徴です。
文字を書く能力も喪失してしまっていることが多く、特に仮名文字に影響が出ます。
文字の形そのものが崩壊していたり、文法的な誤りが見られる場合、ブローカ失語に該当する可能性が高いです。


【出所】https://www.cocofump.co.jp/articles/byoki/16/#11


聞く・話す・読む・書くの4機能のどれに問題があるのか?

どうやら上の区分通り、私も「話すと書く」の機能に問題があることがありそうです。
病室に置かれていたテレビを見ても、誰が出ているか分かる。どんな話をしているかもわかる。さらに、NHK BS1の朝のワールドニュースをみてもBBCは原語でわかる。ただ、ニュースに対しての意見を言えるか?となるとダメ。
同じく病室で取っていた日経新聞も読むことは出来ても、意見を書く事が出来るかというとダメと言うことです。整理すると、こんな感じです。

ダメ   話す  書く
O K   
聞く  読む

毎朝BBCのニュースは副音声で見ていて、せめてリスニング力は落とさない様にした


コロナにつき、部屋で食べる

初台のいいところとして、みんなで集まって食事を摂ると言うのがあります。それも、地味にいいなと思っていたのは、メラミンでなく陶器の食器で出される点です。

で、私は元々明るい性格だというのもあって、「こんにちは」と気さくに挨拶するのを欠かさず行っていたのですが、「こんにちは」の後が続かないのです。「天気がいいですね」とか「お住まいはどちらですか?」などのラポールの類でも出てこないんです。もうこうなると、とにかく話す事が億劫で塞ぎ込んでいくようになりました。。

2021年1月に入ると、新型コロナウィルスの影響もあり、食事を自分の部屋で摂るようになりました。

徹底的に言語に注力

リハビリメニューには、理学(ざっくり言って歩行)、作業(手を動かす動作)、言語の3つのがあります。現行の医療保険制度では、入院中にできるリハビリは一日最大3時間です。症状や本人の希望により、この組み合わせを選択していきます。この時、私と妻が一致して優先すべきと考えたのは言語でした。

そこでまず考えたのは、それまで40分だった昼間の言語の時間を1時間にすることです。そもそも昼間の言語が40分だったのは、理学が1時間20分だったからです。最悪、足に後遺症が残ったとしても、言語を取り戻したいと言う思いで変更をお願いしました。
そこで、増えた時間を利用して、新たに「50音表の書き取り」「漢字ドリル(6年生のもの)」「昨日の新聞記事のサマリー」「無意味音節単語表の訓練」を始めました。
ちなみに、「無意味音節単語表」とは以下の様なもので、意味のない文字の並びをパッと見て発音していくというものです。が、これは結構難しい。

大晦日だろうが、元日だろうが構わずやった

そして、夜にも、言語の自習時間を1時間にとることにしました。とはいえ、言語の練習は声に出す必要があるので、私の入っていた4人部屋ではやることが難しいです。
そこで、言語聴覚士さんにお願いして、毎日6時15分から部屋を取ってもらい、一人で「口の動かし方の練習」「文章の音読」、そして「オンライン英会話」をやる事にしました。

口の動かし方の練習。これを朝夜やる。

外国語がすっぽり抜けてしまったのを補う

脳に与えるダメージと言うのは本当に人それぞれ違います。僕の場合は「話す」と「書く」が致命的にやられました。それは日本語と同時に英語にもダメージがありました。そしてそのダメージを補うためにも徹底的な練習が必要と思い、オンライン英会話をやってみようと思いました。

いざやってみると本当に難しい。とあるオンライン英会話を5年ほど前にやっていて、その当時は簡単だったのですが、今はもう難しい。
もう、なりふり構わず本当の入門篇からやるようにしました。

ちなみに、退院してから鍼に通っているのですが、ここの先生が言うには、「人によっては、第二外国語がスコーンと抜け落ちる。以前通っていた中国人の患者さんは、脳梗塞にかかり、中国語は大丈夫だったが、日本語がダメになった」と言う事象があったそうです。

約5ヶ月かかってやっと書けた
下の50音表は、何度も何度も左手で書き直して、ようやく書けるようになったものです。退院間近の2021/2/25で、入院からおよそ5ヶ月です。

退院前に、もう一度、入院直後に診てくれた言語聴覚士の方が担当してくれたのですが、劇的な回復具合に感動してくれました。

退院後

失語症は、できたと思ってもまたうまくいかなかったりするものです。ある日はうまく言えても、次の日はダメという日も。かと言って、症状が悪化することもないと言われています。という事もあって、日々日本語と英語には取り組んでいます。幸い、2021/3の退院から最も早く、2021年の末には言語の外来リハビリは卒業となりました。

実は、先日、娘と一緒に英検2級を受けてみました。英検はコンピュータベースのスタイルで一切文字を書く必要がないので、受けやすいです。
しかし、わたし以外、中学生や高校生に紛れて受けるおっさんは一人もいませんでした(苦笑)。

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。まだまだもどかしい思いが続きますが、頑張ります。

そして、あなたの周りにも、失語症の方がいらっしゃった時には、どうか優しく言い終わるまで耳を傾けて、そして待ってあげてください。



もう少し、詳しく知りたいという方には、以下が参考文献です。 

失語症の検査
https://www.otagawa-hp.com/otagawa/08_riha/pdf/2010_05kensa_shitsugosyou.pdf

初台では、SLTAを入院中2ヶ月に1回くらいやります。回復具合が分かるので、有用なテストなんですが、本当に脳が疲れます。その日はテスト以降使い物になりません。。

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