泣き寝入りする気持ちも分かる

テイクアウトの飲食店に大量注文して、一方的にキャンセルするといういたずら(嫌がらせ?)があったらしい。

前からこういう話はちらほら聞いたけど、普段テイクアウトをやらない飲食店が、コロナ禍を生き抜くために取り組んだ事業でこんな嫌がらせをされたら、心が折れてしまうというのも分かる。被害を受けたお店が今後良いお客さんに恵まれることを願いたい。

さて、本題はこの被害を受けた人たちに「泣き寝入り」をする人が多いということ。Twitterなんかでは「立ち上がらなければいけない!」「戦うべき!」なんて発言もよく目にするけど、こういう被害を受けた側というのは、金銭的な損害、食材の廃棄などの実害だけでなく、「精神的苦痛」を受けているんだよね。この精神的苦痛というのがやっかいなんだと思う。

注文した側の電話番号も分かっているわけだし(名前は偽名かもしれないけど)、弁護士とかに依頼して本気で取り組めば、電話のログを辿ったりして相手を突き止め、損害賠償を勝ち取ることはできると思う。ただ、そのための労力や精神的な消耗が、得られるものに比べて大きすぎるんだよね。

たかだか数万円の損害のために数百万、数千万の損害賠償は得られないだろうし、万が一プラマイでマイナスにでもなろうもんならその徒労感は果てしないものになる。しかもその裁判(?)の最中はずっとそのことを頭の中において、書類やら、弁護士との相談やら、裁判所への出廷やらを、「現在の業務と並行して」行わなければならない。めんどくさすぎるのだ。

だったら、もう過ぎたことは事故にでも遭ったと諦めて、目の前のお客さん、将来の事業のための現在のタスクに集中した方がマシという結論に至るのだと思う。

実際、僕も近いことを経験したことがある。

以前の職場で働いていたとき、持病が悪化して休職期間が長引き、退職することになった。ただ、これはもしかしたら防ぐことができたかもしれない。というのも、期限の半年ほど前に医者から心臓の外科手術を提案されて、早ければ3ヵ月ほどで受けられる。そうすれば残りの3ヵ月で静養して復帰もできるだろうという見込みだった。

職場からは「復帰の見込みがないなら今年度中に退職しないか」という提案を受けているタイミングだったので、課長に「手術を受けて復職したいから、認めて欲しい」と話した。課長は上に話すから、少し待つようにと言ったけど、結論が伝えられないまま数ヵ月が経ち、課長が異動でいなくなったタイミング(年度初め)で新しく来た部長から、また「辞めたらどうだ」と持ち掛けられた。僕は手術について相談しているところだと話したけど、「そんなことは知らない、記録にない」の一点張りで、僕が嘘をついているかのような言い方をされた。もちろんその期間中にも課長にどうなっているのか確認はしていたけど、はぐらかされ続けていた。で、課長が異動したらそれより上の部長が出てきて、圧力が強くなったというわけ。

僕は「もうこの職場はダメだ」とあきらめ、休職期間中に手術をして、期間一杯で辞めることを決意した。でも、手術前後にも職場からの圧力は止まなかった。

手術から数日経って、ようやく自分の病室に戻ってきたタイミングで新しい課長から「もう退院したのか?」と電話が来たり。3週間の入院の末に退院しても、僕の通院のタイミングで病院まで押しかけてきて「心臓の手術とかは関係ない、来週一度職場に来て面談を受けるように」なんてことも言われた。出勤するなんてとてもできない状態だったので、すぐに主治医のところに戻り、出勤NGの言質をとってあとから断ったけど。

このときは主治医との面談を求められてて、「伝えたけど病院に来られると他の患者の迷惑になると断られたので来ないでください」と言ったにもかかわらず部長、課長、主任と40代以上のおじさんたちに病院の入り口で待ち伏せされて、かなり恐怖感も感じたのを覚えている。

そんなこんなで、復職せずに辞めたわけだけど、とても命にかかわる手術をする人間に対して取るものとは思えない言動が多くて、訴えるかどうかも正直考えた。退職金も、当初言われていた通りの金額が振り込まれなかったりと、嫌になることの連続で。

実際、「なぜ訴えないのか」と言ってくれる人もいた。半年前の話がすぐに通っていれば復職の可能性も残されていたし、もしかしたら行動をおこせば、何かしらのものを取ることはできたかもしれない。それが謝罪なのか、慰謝料なのか、賠償金なのかはわからないけど。

でも、それまでのやり取りや、手術で僕自身は疲弊しきっていて。「もうこれ以上あの人たちと関わりたくない」というのが正直な思いで、訴えることで得られるものと、これからも消耗しなきゃいけないことを天秤にかけると、後者の方が大きかった。これが「泣き寝入り」と言われれば、そうなのかもしれない。

なので、「なぜ声をあげないのか」という声には少し違和感を感じることも多い。もちろん、悪を罰するべきというのは正論なのだけど、傷ついた人間をどうやって救済するのかが大切なんじゃないかなとも思うわけで。

仕事以外でも、セクハラやなんかで今も傷ついている人は多い。なるべく、傷ついた人にとって優しい世の中であるように、またそうなっていくと良いなと思う。結論らしい結論は出なかったけど、今僕にできることは、人に優しくすること、そして自分にも優しくすることなのかなと思っている。

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