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能「皇帝」に思うこと その7

シモンとの約束

2008年の最後のお稽古が終わり、シモンはお稽古代を支払おうとした。しかし、その時に私は「お稽古代の代わりに、今度はシモンが僕に演劇を教えて欲しい。」
と言った。半分は気まぐれ、半分は好奇心で、まだ見ぬ未来の約束をした。

その10年後、すっかり忘れていたところに、突然彼からの連絡があった。「京都にあるヴィラ九条山というレジデンス施設に滞在しながら作品を作るのを手伝って欲しい」と言う。偶然にも、その頃に住んでいた家からヴィラ九条山は徒歩15分程のところにあった。10年ぶりの再会はヴィラ九条山の彼の部屋だった。

「約束覚えてる?僕はその約束を果たしに来たんだ。」と彼が言った時に、人生ってドラマみたいな事が起こるんだな、と思った。僕は彼に大きな影響を与えてしまって、彼の人生を変えてしまったんだ、とも感じた。そして今度は自分の人生が変わる番だった。そこから彼は作品の構想の一欠片を私に見せた。

(その時すでに彼の中では、作品の構想は完成していたが、あえて私にはそれを見せなかったに違いない。今ではそう思う。)

3時間ほどの稽古を週に2〜3度、3か月ほどした。まずはワークをする前のウォームアップ。能楽に準備体操はないので新鮮だった。そのあとピアノの音に合わせて身体を動かしたり、ポールクローデルのテキストをフランス語で読んだり……。

アントナンアルトーのテキストを読む時は、シモンがとても怖い先生に思えた。幼少期の父の厳しいお稽古を思い出して、少し萎縮した。それらの稽古風景を彼はビデオで収めていた。

そしてこのお稽古には四人のゲストがフランスからやってきた。一人目はバンジャマンラザール。バロック演劇や演説の指南書、絵画の中から西洋の身体性を教えてもらった。能の身体性と大きな違い、そして共通点を見つける事ができた。(そして皇帝に関する重大な経験をさせてもらうのだが、これは後に話すことにする。)

この頃からシモンはあまり寝ていない様に見えた。その日のうちに稽古風景のビデオを見直して、その中から面白かった部分、偶然に生み出された瞬間のテキストや動きを引き出して、書き留めていた。おそらくビデオを何度も繰り返し見ていたに違いない。2〜3時間しか寝ていない感じだった。

偶然からシーンを作る

ある日彼は「昨日の稽古で面白い瞬間があったから、それを再現してみよう」と言った。私たちは英語で会話をしていたのだが、彼はそのセリフも書き留めていて、過去の出来事を演じる、という変わった稽古が始まった。いわゆる能以外の"演技"
をした事がなかった私は戸惑ったが、その時の気持ちを思い出して、それをエネルギーにして動くように言われた。それはなんとなく能の稽古に通じるものがあった。そして少しずつショートピースが出来上がっていった。それが今作のシーンになっていった。

そしてだいぶ色々なシーンが繋がってきた頃に二人目のゲスト、演出家のエリックディドリーが来た。エリックはシモンの演出の師匠だった。彼の前で今までに作ったショートピースを見せていった。そして彼が口にした事は、とても衝撃的だった。

「きみたちは何故英語で話しているんだ?」

つづく

第八回竜成の会「皇帝」ー流行病と蝋燭ー

令和5年5月28日(日)14時開演

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