『ソース焼きそばの謎』出版記念!新しい時代の実証主義について!

 ハヤカワ新書から塩崎省吾さんの『ソース焼きそばの謎』が出版され、話題を呼んでいるので応援企画を書きましたぁっ!
とりあえず、まずは5年前に書いた以下の文章を読んでもらいましょうか。

 
【お好み焼きから21世紀の教養主義が見える話】
 とんでもない本が出た。しかも電子書籍で今のところAmazonでしか買えない。『お好み焼きの戦前史』と題されたこの本の著者は「近代食文化研究会」とあって著作はまだこれ一冊のみ、実質的には自費出版の同人誌である。なのでアマチュアらしく表現が重複する箇所もあるが、著者の熱気が凄いので一気読み必至である。タイトルに偽りはなく、戦前のお好み焼きの歴史について書かれたものなのだが、とにかく情報量が半端ない。
 なぜ「戦前史」なのかというと、資料が多すぎて戦前の出来事だけでとんでもない分量になったからだ。たかがお好み焼きを語るだけで、なぜそんなにまで話が大きくなったのかというと、お好み焼きという料理が現在の我々が知っているあの形態にたどり着くまでに、それはもう様々な紆余曲折を経てきたからである。たとえば、人形焼やたい焼きといったコナモノがお好み焼きと縁戚関係にあることは我々にもなんとなくわかるけれど、人形焼が誕生した背景には近代の日本における製鉄・鋳物産業の発展があり、そこからの派生物としてはベーゴマなどもある、なんてところまで思いが至る人は滅多にいないだろう。だが、この著者はそこを掘り下げるのだ。
 また、お好み焼きと切っても切れない仲であるソース焼きそばのルーツにも触れられているのだが、これは必然的に日本におけるウスターソースの歴史と中華料理の歴史にも関係してくる。本書を読むまで考えたこともなかったが、ソース焼きそばというのは中国の麺とイギリスのウスターソースのハイブリッドなのである。そして著者は、日本におけるラーメンのルーツに関しても従来の定説に誤りがあることをビシビシと指摘する。とにかく気持ちが良いのは、文中で引用される様々な資料によって我々が抱いていた先入観が打ち砕かれ、目からウロコが何枚も落ちる点である。読みながら思い出したのは輪島祐介の『創られた<日本の心>神話』だった。輪島もまた豊富な資料をもとに演歌の歴史を解き明かし、日本の心と称される演歌の歴史が実は比較的新しいものであることを明らかにした。
  僕たちは色んなことについて先入観を持っており、なんとなくわかったような気分で生きているけれど、実はそんなに詳しく知っているわけではない。そして常識として世間に受け入れられているお話にも実は誤りが多く含まれている。近代食文化研究会や輪島祐介の仕事は、そんな常識をぶち壊してリアルな歴史を教えてくれる。これは大ベストセラーとなった『応仁の乱』の歴史学者呉座勇一とも通じる実証主義である。なんとなく抱いていた曖昧なイメージではなくリアルなデータによって具体的な歴史が提示され、読む者の知識、歴史観がアップデートされる。近代食文化研究会は膨大な資料を整理するためにGoogle DriveにアップロードしてOCR機能を駆使したという。これはまさに21世紀の新たな教養主義ではないか。                   〈了〉


  これは今を去ること2018年、近代食文化研究会(会と称しているが、実は個人である)がKindleで『お好み焼きの戦前史』を出した直後に、近代食文化研究会の熱にあてられた勢いで僕がビッグコミックオリジナルの名物コラムだったオリジナリズムに書いた文章である。近代食文化研究会のデビューは、それくらい衝撃だったのだ。僕個人の話でいうと、2016年に『「痴人の愛」を歩く』、その翌年に『帝都公園物語』という本を出している。どちらも日本の近代史に関わる著作で執筆にあたってはネットと足を使いまくったものである。この2冊を書きながら、近いうちにネットを使い倒した在野の歴史研究家が出現するのではないか?てなことを考えていたわけですが、近代食文化研究会はまさに僕が予想したような新しいタイプの歴史家だった。しかも題材がお好み焼きて!この辺は、こちらの予想の遥か斜め上でありました。
幸いなことに、近代食文化研究会本人もこのコラムを喜んでくれて、Twitter(当時ね)で相互フォローになり、まだ直接お会いしたことはないものの有効的な関係が続いているわけだが、『お好み焼きの戦前史』がKindleで出てすぐに注目した人は、もちろん僕だけではない。
  実は、2018年の初頭には『お好み焼きの戦前史』の電子書籍出版と響き合うかのような重要なネット記事が書かれていたのだ。それが『ソース焼きそばの謎』の著者、塩崎省吾(敬称略)による『焼きそば革命100年史』だった。リンク貼っておきますね。

https://smart-flash.jp/lifemoney/32345/1/1/

  焼きそばの名店を辿る塩崎のブログ『焼きそば名店探訪録』はそれ以前から、ぽつりぽつりと覗いていた。個人的な話をすると、僕は大阪にいた頃は熱心なたこ焼きのフィールドワーカー(単なる食べ歩きやがな!)で、基本的に週7ペースで関西各地のたこ焼きを食べていた。いやマジでお米の代わりにたこ焼きを食べるような生活をしていたのです。大阪のたこ焼きの開祖と言われる会津屋に関しては、父親の代から好んで食べていた。会津屋の初代、遠藤留吉は僕の父の顔をよく覚えていた。なので、いわゆるコナモノに関してはそれなりの知見はある。と書くと何やら難しい話になりそうだが、要するにたこ焼き、お好み焼き、焼きそばの類が大好きなのですわ。そんな僕にとって塩崎の『焼きそば革命100年史』と近代食文化研究会の『お好み焼きの戦前史』が、同じく2018年に出たことは本当に驚くべき出来事であり、文化的なお祭りだった。それは、大人の文化祭であり文化祭で焼きそばが登場するのは当然なのだ。
食べ物ブログとして非常にレベルの高い『焼きそば名店探訪録』であったが、『焼きそば革命100年史』は、更に深く踏み込んだ記事だった。塩崎はこの時、単なる食べ物ブロガーから「食の歴史家」へと大きな一歩を踏み出したのである。そこに、もう一人の食の歴史家たる近代食文化研究会が登場した!わけですよ。両者の出合いは必然的なものでありました。
  そしてもうひとり、『東京ラーメン系譜学』や『東京「裏町メシ屋」探訪記』で知られる「ロードサイドの食文化研究家」刈部山本が、2017年に電子書籍『街道deチャーハンを食う [デウスエクスマキな食堂14年冬号]』を出している。
僕にとって、刈部、塩崎、近代食文化研究会の存在は食文化の三銃士である。彼らの特徴は、ネットと自分の足を使ってとにかく実証主義的に調べものをすることで、実存主義的であるからこそ、上のコラムでも書いたように、その仕事はたとえば大ヒットした呉座勇一の『応仁の乱』であるとか、音楽の世界でいうと輪島裕介の『創られた「日本の心」神話~「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史~』といったガチの歴史本に接近してゆく。
  輪島の『創られた「日本の心」神話~「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史~』は、日本の心と称された演歌の歴史が実は比較的新しいものであることを膨大な資料を読み解きながら実証したものであることを考慮すれば、その仕事が『お好み焼きの戦前史』や『ソース焼きそばの謎』と極めて近い位置にあることがわかるだろう。これは、我々の時代の新たな実証主義の流れなのだ。
  我々は普段から色んなことに対して「お好み焼きやソース焼きそばは戦後のものだよな」とか「演歌って古い歴史があるんだよな」とか思い込んで生きてきたわけだが、それらのぼんやりしたイメージは、実は我々の目に貼り付いたウロコだったわけで、この新たな実証主義は我々の目からウロコを剥がすための道具なのだ。
  2019年には『お好み焼きの戦前史』は、『お好み焼きの物語 執念の調査が解き明かす新戦前史』として紙の本にリニューアルされ(この時、本の帯を書いたのは焼きそば、お好み焼きの聖地とも言うべき浅草で修行したビートたけし!)著者の近代食文化研究会はその後も活発に活動している。
  同じ2019年の末に、塩崎は電子書籍で『焼きそばの歴史《上》: ソース焼きそば編』を出した。遂に来たか!という気分でしたよ。そして続巻の『焼きそばの歴史《下》: 炒麺編』が出たのは2021年の6月だった。何しろ実証主義なので時間がかかるのだが、それだけに『焼きそばの歴史』上下巻は見事な出来栄えであり、近代の食文化の記録として1流の仕事になっている。
  近代食文化研究会が登場した2018年あたりからの、この5年間は食文化の三銃士と並走して、ずっと文化祭をやっていたような気分だった。その文化祭が『ソース焼きそばの謎』の出版により1つの節目を迎えた感があって、おじさんちょっと涙出そう、なのですわ。
  しかしながら、この祭はまだ終わらないのだ。今回ハヤカワ新書として出版された『ソース焼きそばの謎』は電子書籍である『焼きそばの歴史・上巻』を加筆修正したもので、実は『焼きそばの歴史』は下巻がまた凄いんですよ!というわけで、『ソース焼きそばの謎』が大ヒットして、続巻が出ることを期待しながら、この文章を終えることにしましょうか。

文責・樫原辰郎『ロックの正体 歌と殺戮のサピエンス全史』

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