掌編小説『目には見えない』

咲とはぐれた。

正確に言うと、咲がはぐれた、の方が正しい気がするけれど、この際どっちでもいい。夕刻、夢の国の中にもだんだんと灯りが点っていく頃、僕がボップコーンを買いに行った隙に咲は姿を消した。
ポップコーンを持ってベンチの前で立ち尽くす僕。キャラクターの耳をつけて楽しそうに行き交う人々の目にはさぞかし滑稽に見えているだろうか。いや、もはやその目には僕など映っていないか。視界の隅に、陽気に振る舞うキャラクターがちらつく。

一体どこにいるのだろう。さすがにこんなにたくさんの人がいる前で誘拐されるようなこともあるまいし。などと考えているとポケットに入れていたスマホが振動する。ハッとしてスマホをポケットから取り出すと咲からのメッセージが届いていた。

―さて、私はどこにいるでしょう?
そしてダメ押しの咲が愛用する可愛らしいスタンプ。まさかこの広大な夢の国の中でかくれんぼでもするつもりだろうか。そんなことをしていたら閉園までには絶対に間に合わない。
―どこにいるの?
 ポップコーン買ってきたよ
 ちゃんとキャラメル味にしてきた
―ポップコーン食べたい
 早く見つけて笑
―まださっきのベンチのとこにいるから
―雅也が来て
―だってどこにいるかわからないんだもん
―私だってわからない

これはつまり彼女自身自分の居場所が分からなくなり迷子になっているということだろうか。そうだとしたらかなりややこしい事態だ。

―迷子になった?
―かな笑

なら最初からそう言ってくれればいいのに、と思ったがそれは黙っておく。とにかく迷子になってしまったのなら仕方がない。咲は地図を読むのがあまりにも下手なので彼女を動かすよりは僕が動いた方がいい。

―わかった
 じゃあ探しにいくよ
 今いるところから動かないでね
―うん、ごめん

急にしおらしくなる、そんなところがちょっと可愛いな、と思いながら僕はこの夢の国の全貌図を思い浮かべる。

―周りに何がある?
―う〜ん、お城が見える
―お城は割とどこからでも見えるな笑
 もうちょい目印になりそうなのない?
―近くでポップコーン売ってる
―さっき見つけたのとは別のお店ってこと?
―多分

ポップコーンの売店の近く。そして僕が目を離してからの時間を考えるとそこまで遠くには行っていないはずだ、と考える。

―周りの雰囲気は?
―周りの雰囲気?
―なんかこう、自然っぽいとか、S Fっぽいとか
―なんか、魔法の国って感じ
―なるほど

なるほど、残念ながらこの辺り一帯が魔法の国だ。でもきっと、僕が挙げた「自然っぽい」や「S Fっぽい」に同意しなかったことを考えるとかなり絞られた。僕は目星をつけた方へ歩き出す。その中でここから近いところにあるポップコーンの売店は……。

―見つけた

たしかにそこは、咲の言うように「魔法の国って感じ」だった。彼女のそばには、ドレスを纏ったプリンセスが来園者と写真を撮っている。
その幻想的な世界で迷子になった咲は、少し不安げに、人々の群れの中であたりを見回す。咲のその表情は、サークルの中心でいつもみんなを笑顔にしている彼女の笑顔からは窺い知れぬような不安に満ちていて、ああ、もしかしたら彼女はいつも、みんなの前で笑顔を見せながら、その奥にそんな表情を隠していたのかもしれない、とふと思った。多分、最初に送ってきたメッセージだって、僕に不安を隠そうとしてあんな風にしたに違いない。
咲、と僕は声を掛ける。
「雅也!」
振り返った咲は、もういつもの表情に戻っていた。
僕の前でくらい、そんな顔しなくたっていいのに。

「ポップコーン、別の味も買ってこようと思ったら迷子になっちゃって」
咲はちょっと申し訳なさそうに言って、ごめんごめんと言いながら僕の持っていたポップコーンをつまむ。ん、おいしい、と呟く彼女は、もう迷子になったことなど忘れてしまったかのようだった。

君が、僕といる時ぐらい本当の君でいられるように、僕は君を探しにいこう。存在も非存在も、時間も空間も飛び越えてしまうこの夢の国でも君を見つけることができたんだから、きっと大丈夫。

僕が、本当の君を見つけるよ。

夕闇に覆われつつあるこの幻想世界で、僕はそう誓った。


あとがき

この小説は先日monogataryに投稿した作品で、『夕暮れの遊園地で』というお題で書きました。夢の国にもなかなかいけない状況が続いていますね…。また行けることができる日を待ちながら、今は今をがんばっていきましょう…!
新曲もそろそろ発表できると思うのでお楽しみに!

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