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星はいつもそこにある

「口開いてるぞ」
「上を向くと口開かね?」
「開かない」
「こんなふうに天の河が見えるなんてさぁ。知らなかったよ」
「町の明かりがなければ見えるんだよ」
「初めて見たよ。天の河」

仕事を休んでここへ来た。こいつにも休みを取らせた。

「ほら、口開いてるって」
「いいんだよ。いっそ、星のひとつふたつ、落ちてこないかな?」
「落ちてきたって、口に入んねぇよ」
「つまんない男だねぇ、あっ!」
「何?」
「・・・」
「どうした?」
「流れ星」

気分転換にここへ来た。こいつを連れてやって来た。

「願い事した?」
「教えない」
「流星群とか来てなくても、見てると結構流れ星見えるよ」
「マジ?」

生活のほとんどが仕事でできていると言ってもいいくらいな奴なのに、その仕事で躓いていた。
落ち込んでいるこいつに引きずられるように、自分もまた流れがまずい感じがしていた。

「ほらほら、あの星、見てみろよ」
「え?どれ?星だらけでわかんないよ」
「あの星はねぇ、肉眼じゃ見えないんだよ」
「え?」
「っていうネタ」
「なんだよ?それ」
「知らない?」
「初めて聞いたよ」
「あ、そう。昔からのネタなんだけどね」
「誰のネタだよ」
「誰のだろう?自分は中学ん時初めて聞いた。同級生が教えてくれた」
「ふうん」
「でもさ。ホントはさ、こんなにたくさんの星が俺らの頭上にあるのが、全然見えてないんだぜ」
「・・・」
「また口開いてるぞ」
「うっさい」
「肉眼で見えてないんだよ。こんなにたくさんのいるのに」
「だよな。星が見えないことを気にしたこともなかったよ。特別な環境と特別なカメラがなければ見えない世界だと思っていた」
「そうだな。月が出ていても気にしないくらいだ」
「あ、俺は月見るよ」
「あ、そう」
「満月限定だけど」

自然公園に指定されている山の近くにあるコテージ。
自分たちの住む街から車で1時間ちょっと走っただけで、天の河が白い帯のように広がる空を見ることができる。
それなのに自分もこうして来るのは8年ぶりだった。
三度目の天の河。最初は家族と。二度目は高校の合宿で。
それでも、初めてのこいつに余裕を見せている。
なんとも奇妙な強がりだった。

「あ、また流れた」
「だろう?ほら、こっちにも」
「すごいな」
「あぁ」
「あ、あれは?あの真横に移動している星」
「人工衛星だよ」
「ウソ?人工衛星って見えるの?」
「結構、見えるよ。あんな感じにジリジリと、マイペースに動いてる」
「すごいな・・・」

マイペースとは言っていても、それは計算され尽くしたプログラムで動いている。
人工衛星の動きを追うように、そのまましばらく星空を眺めていた。
隣で口をポカンと開けている横顔をちらりと見る。
うん。出掛ける頃に比べてだいぶ元気になったようだ。

「自分に見えてる世界がすべてじゃないんだな」
「まぁな」
「でもやっぱり、自分で見ないとわかんないものだね」
「そうだな」
「次までに天体望遠鏡用意しようかな?」
「実は持ってきている。古いアナログのだけど」
「何それ?」
「土星に合わせられるけど、見る?」
「見る見る。なんだよ、そういう趣味あったわけ?」
「昔な」

小学5年のときに買ってもらった天体望遠鏡。
最初に天の河を見た後に買ってもらった。
月と火星と木星と土星。そして日食をその望遠鏡で見たことがあった。

「おまえさぁ、望遠鏡覗く時も口開いてるぞ」
「本当に輪がある」
「最近のだと土星の衛星もきちんと見えるらしい」
「土星もここじゃないと見れないの?」
「いや、そうでもない。きちんと方角を合わせると近くの惑星は割とよく見える。火星も木星も金星も。それに月も望遠鏡で見るとまた違った顔をしている」
「あぁ、やっぱり買っちゃおうかなぁ。天体望遠鏡。でもこいつがいるからいっかぁ」
「買うんだったら買えよ。こいつのレンズでまともなの今ついているのしかないから、ちょっといい倍率ので覗くと、土星の輪の縞がもっとしっかり見える」
「買えよ、ってオレが買うの?」
「おまえが欲しいんだろ?」
「まぁ、そうだけど。でも、よくわからないから」
「買いに行くのは付き合うよ。合わせてやってもいいし」
「何?その上から目線。面白くないなぁ」
「5万円くらいでもマンションの屋上でだったら充分だよ」
「やばいなぁ、誘惑されちゃうなぁ」

楽しげに笑うこいつを見て、自分もまた笑顔になる。
キザでベタな言い方だけど、こいつもまたいつもそこにある星なんだ。