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炬燵で蜜柑


今思えばインフルエンザだったのではないか?と思う風邪を引いて学校を休んでいたのは中学1年の冬休みに入る少し前のこと。
自分は割とよく風邪をひいていたし、昔は「インフルエンザ」は今ほど大流行しなかったから、熱がある程度出てもきちんと検査をしなかったような気がする。
ともかく風邪で38℃くらいの熱で、ひとり家で炬燵に入って、ぼんやりと降る雪を眺めていた。
住んでいたところは団地の2階だった。高台にある団地で、2階からでも見えるのはほとんどが空で、遠くに杉の木が数本並んでいるのが見えているだけだった。
雪の日は白い空から白い雪が落ちてくる。
まるで雲が千切れて落ちているかのようだった。
前日までは起き上がるのも億劫だったけれども、熱に慣れたせいか、その日は寝ているのも飽きて、二段ベッドから出て炬燵に入り、蜜柑を食べながら雪の降る様をずっと見ていた。
蜜柑がとても甘く感じた。
雪は音もなく降り続く。
テレビもつけず、雪をぼんやり眺めながらひたすら蜜柑を食べていた。

「で、いくつ食べてたんだって?」
「17個」
「じゅうななこぉぉ?」
いくつもの声が重なった。
「腹くちくならない?」
「口の中もどうにかなりそう」
「いや大丈夫だった」
「そもそも家に蜜柑が17個あるのすごい」
「田舎はね、蜜柑も林檎も箱買いするから。北国は保存効くし」
17個を食べ終えて、次の蜜柑に手を伸ばした時、ふとその手に違和感を感じた。
「手の色が黄色く、いや、蜜柑色になってたんだ」
「ウソ」
爪が蜜柑に染まってた。それは自分でもすぐ理解できた。
なにせひたすら皮を剥いていたのだから。
「ほら、こうして手を押してみると、僕の場合はあんまり血色良くないから少し青いというか緑というかきれいな色じゃないでしょ」
そう言いながらみんなの前に手を出してその甲を押してみせる。
「これがオレンジ色というか黄色くなってたのには流石の僕も驚いたねぇ」
改めて自分の手を撫でる。
「でも、蜜柑食べるんですね」
「そりゃあ、雪の日は炬燵で蜜柑だろう?」
「懲りてませんね」
「いやいや、きちんと反省して1日3個までと決めている」
「なんだよ、それ」
そう言いながらも、皆自分の手の中の蜜柑を剥く。

この街には年に2、3回しか雪は降らない。
だからこそ、わずかな雪にも交通機関が麻痺してしまう。
彼の友人らはそんな日に遠慮せず彼の家で雪の止むのを待つ。
今やタワーマンションの最上階に住むような男が、その広いリビングに炬燵を置いている。
友人らも炬燵で熱いお茶と冷たく甘い蜜柑を食べる。
「冬はやっぱり炬燵で蜜柑だよ」
誰かの言葉にみんなが頷く。
交通渋滞も何も関係なく、炬燵で蜜柑の時を過ごす。