見出し画像

頓珍漢は当て字です

確かに時間潰しだったけど、ゲームの途中で「ちょっと待って」と言われて電話に出られちゃうのは面白くない。
悪天候で観戦に行くはずだった野球が中止になった。折角の地方遠征。次はいつ見に行けるやら…とボヤきながら、家に戻ってチェスでもやろうか?なんてことになって、駒を並べて2手3手。頭の中がチェスに傾いたところで相方のスマホが鳴った。
チラリと電話の相手を確認すると、「チッ」と小さく舌打ちをして、左手に電話を持つと、右掌をこちらに向けて「ちょっと待って」と声を出さずに言ってきた。
「いつもお世話になっています」
仕事の電話か。ここが球場じゃなくてよかったね。それとも球場だったら気がつかなかったかもしれない。
「はい。はい・・はい・・・・はい」
返事のトーンが段々と下がっていく。おやおや難題のようだね?なんて皮肉を込めて見ていると、そばに置いていたタブレット端末を引き寄せ起動した。
長くなると判断して、こちらはコーヒーで淹れようかと立ち上がった。
予想通り、コーヒーを淹れて戻ってきても電話はまだ続いていた。
チェス盤の隣にカップを置いた。
口パクで「サンキュー」と言ってはいるがしばらくは飲めないだろう。こいつは猫舌だからちょうどいいか?などと思いつつ、さてどうしたものか?とコーヒーを啜った。
本を読もうか?いや、また乗ってきたところでこいつの電話が終わってもなぁ、などと考えていたら、タブレットをこちらに寄越してきた。
『あいかわらずの頓珍漢野郎だぜ』
手書き文字で書かれていた。頓珍漢野郎の文字がやたら大きい。
『だれ?おれのしってる人?』
手書きで返す。向こうはタッチペンを持っているが、こっちは指で書くしかない。
『ライドの社長』
愚痴の対象でよく聞く名前だった。
言葉の意味を勘違いしている。予定・予算がころころ変わる・・・ネタが尽きない。そんな相手なのに何故付き合っているのか?まったくわからない。
「えぇ、ですから、今日は中止です。延期ではないです」
今日の野球の話か。
「いいえ。今日の試合はこちらとは関係ないです。中央のイベント会社さんの仕切りでしたよね、社長」
そもそも今日の試合は電話の相手からの情報ではなかったか?
「そうですね。そちらの方にお尋ねするのが確実だと思われます。え?私がですか?」
『┐(´-`)┌』
タッチペンでいくつもいくつも書いている。

頓珍漢・・・トンチンカン。
頭の中では国語の授業。
頓珍漢の頓はにわかという意味を持つ。
頓智になると、その場に応じて働く知恵と意味になるけど、その知恵は案外と直球勝負でないことが多い。
トンチキのトンは頓の字じゃないのかな?意味的に違うか?とんまは頓馬だよなぁ。間抜け。トンチキだって間抜け。
じゃあ、頓珍漢は?
トンチンカンは鍛冶屋の音からきているって昔聞いたなぁ。
鍛冶屋の鉄を打つ音が揃ってない、チグハグな音。
師匠の打つ合間に弟子が打つ。その合槌のタイミングの悪さに、トンチンカンな音がする。
だから「頓珍漢」は当て字だよ・・・中学の時の中村先生だったかなぁ?

「はい・・・はい・・・・」
コーヒーの湯気はすっかり見えなくなった。
「そうですね。それがいいと思います。いえ、全然、お構いなく。はい。失礼します」
「お疲れ」
「ホントにお疲れだよ。試合中止だから電話に出てるだろう?今日の試合の代替えって何だよ。代わりに何を観れる?何だそりゃ?日程変更の方がまだわかるよ。無理だけど。チケットの払い戻しはチケット買ったところに訊けよ。俺も訊きたい。そりゃあ選手来てるよ。どこにいるかも知ってるよ。スポーツ関係御用達ホテルあるしね。でもさ、俺今回は関係ないから。うん」
一気に言って、冷めたコーヒーを一気に飲み干した。
「お疲れ」
「うん」
言うだけ言って落ち着いたようだ。
「結局、主催の新聞社に聞いてみるって」
「うん」
「試合の後の懇親会だけでもやるかどうか」
「そんなのあったんだ」
「さあね。相変わらずの頓珍漢野郎だぜ」
落ち着いたと思ったけどまだ鼻息は荒そうだ。

頭の中で村の鍛冶屋が鉄を打っている。
トンテンカンテン鉄を打つ。
弟子とは息もぴったりだ。
「私も打ってみたいんです」
弟子と件の社長が入れ替わる。
トンチンカンチン音が変わる。リズムもズレる。
「この頓珍漢野郎」
大声で怒鳴っている鍛冶屋の顔は目の前にいるこいつ。
思わずプッと吹き出した。
怒鳴っていた鍛冶屋が「どうした?」とこちらの顔を覗き込んだ。
「ううん。何も。頓珍漢野郎の相手は大変だなぁって」
頭の中ではいまだに鍛冶屋が怒鳴っている。
頓珍漢野郎は何故怒鳴られているのかわからない。
トンチンカンチン、チグハグな奇妙な音はしばらく止むことはなさそうだった。