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破壊作戦 #ムーンリバー

川底よりも深い地中を掘削しているマシンを爆破する。
それもちょうど川の真下にいる時を見計らって。
掘り進めてきた地下通路を水浸しにするというおまけ付きの破壊作戦。
「やれやれ」
Fは監視するために入り込んでいた川沿いの小高い丘の上の空き家で、マシンの位置を確認するために地中に打ち込まれた追尾機からのデータを眺めていた。
「退屈そうですね。先輩」
トレーラーのドアが開き、補給に出ていたKが戻ってきた。
「退屈だよ。この調子じゃまだ待たなきゃならない」
予定ではもう撤収しているはずだった。
向こうのマシントラブルで掘削作業が一時中断し、再開したものの以前ほどのスピードでは掘り進められていない。
「また止まっていたんですか?」
「止まるというよりあれだね。牛歩だ」
「とりあえずは進んでいるんですね」
Kはミネラルウォーターのペットボトルと携行食を袋から出してテーブルに置く。
「飽きたな」
「そうですね」
Fの言葉にKも同意する。
Kは研修を終えて、この作戦がまだ3つ目という新人だった。
清掃局と呼ばれる組織に新人が加わるのは久しぶりだった。
Kの育成担当となったFは清掃局の現場作業員=工作員の中で一番のエースだった。
「Fさんがこういう任務に就くことがあるのは意外でした」
船上にて、爆弾を川底に設置しながらKは言った。
少し前まではこういう作業は人が水の中に潜ってしていたのだと打ち合わせのときに聞いた。今はロボットと呼ばれる遠隔操縦の装置を使って行う。
「現場のヤツでこういう道具を扱えるのがいなくってね」Fが応える。
「人がやった方がはやいところは人が設置するけどね」
モニター越しに見えているのは思った以上に濁った川底で、ヘドロのような土が堆積している。その土の中に爆弾を並べて設置した。
設置し終えたロボットを引き上げたが「メンテしたところで次に使えるのか?」とFは顔を顰めていた。
「キミにもはやくに覚えてほしいからね」
沈めた爆弾5つのうち3つはKが行った。
Fは一度扱うと、マニュアルがすっかり頭に入るのだという。
「Fさんのようにはいきません」
「だから何度か経験してもらいたいんだ」
「これも研修ですか?」
Kに問われ、Fは「んー」と首を傾げる。
「上にはそう言っているが、実際はこの手の待ちがある任務にひとりで就くのが嫌なんだ。退屈でね」
とFが言っていたのをKは思い出していた。
実際、爆弾を設置して2日後には起爆スイッチを押していたはずだ。
それが5日経った今でもこうして機械装置に囲まれたトレーラーに籠っている。
向こう岸から見えにくくするため、空き家の敷地、建物の陰に停めていた。その家は誰かが住んでいた気配が残っている家だった。
ちょうど一年前。向こう岸の河口付近にあった核燃料施設が火災を起こし、この周辺はすっかり汚染され、人々は土地を捨てて出ていかねばならなくなった。
「実際は汚染なんかされていないんだ」
Fの持つガイガーカウンターの値はごく自然なものだった。
「向こう岸だってあまり変わらない」
火災はこの土地の地下資源の採掘とそれを使っての軍事工場を作るための人払いとしてのパフォーマンスだった。
「やり過ぎなんだよね」
川は国境でもあった。
対岸のこちら側まで立退させた。
全ては地下資源を得るためだった。
「国連にバレないとでも思っていたのかね」
清掃局は通称で、国連の中の始末屋のような部署のことをいう。
国連も21世紀前半まであったものと少し形を変えていた。
国の枠を超えた超法機関として今は存在していた。
「でも、僕は今回のは少し気が楽です」
Kが言う。
FはKが何故そう思っているか、わかるような気がした。
先の任務はどちらも人を殺すものだった。
ひとつは戦闘で、ひとつは暗殺。清掃局の片付ける対象のほとんどは人である。
テロリストの殲滅から、表に出ている有名な人物を屠る時もあれば、誰にも知られていないが、その存在が邪なものと判断されて抹殺されるものもある。
それらの仕事をこなしていく清掃局の存在は国連内部でも一部にしか知られていない。
ここで相手側の計画を潰しただけで終わるとは思えない。
軍事施設建設を企てているのが国の意志か否かを見極めた後、いつものようにその邪な計画を立てた者たちをこの世界から排除する。そこまでがこの作戦なのである。
椅子に座り、それ用ではないオットマンに両足を乗せてFはすっかりだらけた様子でいる。オットマンはそこにある家から拝借してきたものだった。
Kはやれやれというように眺める。
「せめてお湯が沸かせたら、コーヒーが飲めるのに」Fが愚痴る。
トレーラー内にはトイレ・シャワーはあるが食に関する機能がない。睡眠は運転席で交代で取っている。
「そうですよね」
Kは任務が終わったらゆっくり風呂に入りたいと思った。
キコキコと何かが軋む音がした。
Kは何事かとあたりを見渡す。
Fが手に手巻きのオルゴールを持っていた。褪せた銀色の小さなオルゴール。キコキコという音はそのオルゴールの螺子を巻く音だった。
「また、人のものを勝手に持ってきたのですか?」
慌てて出て行ったであろうその空き家はほとんどの荷物がそのまま置かれていた。思い出のあるものもあるだろう。でもそれらは全て汚染されている。人々はそう信じ、全てを諦めて出て行った。
曲が流れ出す。
どこかで聞いたことがある曲だとKは思った。
「ムーンリバーだ」
Fが言う。
それが曲の名前だとKが理解するまで数秒を要した。
20世紀半ばの映画の主題歌だとFが言った。
「古い映画を見るのが趣味なんだ」
Fが言う。
「映画ですか?」
「君は見ないか?」
「そうですね。あまり見ません」
Kが応えると、Fは「今時の子は見る暇ないかもな」と言った。
Fがとあるモニターに反応した。
掘削機の進む速さが変わったのだ。
「今夜で終われそうだな」
Fが言った。
日がすっかり沈んだ頃、「そろそろか?」とFが言って起爆スイッチを押した。
凄まじい爆発だった。
爆弾を仕掛けたKも一瞬に吹き上げた水と振動と音に驚いた。
トレーラーの置いてある場所には届かないまでもあたりに水が飛び散った。
「予想通り」
それまでモニターを覗き込んでいたFがトレーラーを降りた。
ドアが開いた途端、水の流れる音がした。
「なんだ。今夜は満月か?」
トレーラーの外に出ていたFが言う。
トレーラーの後部のドアは開いたままになっていた。
Kはモニターを見ている。
川の水がある場所から下流にはほとんど流れて行っていない。
地下通路に水が流れ込んでいっているのだ。
本部にもこの映像は届いている。
通信が入る。
「明朝0600まで待機。その後帰投せよ」
Kはその旨を外にいるFに伝える。
「おー。帰れるのか。ついに」
Fの声がした。
Kはデスクの上に置かれたあのオルゴールを手に取った。少しだけ螺子を巻いて手を放す。
外からの水音と不似合いなムーンリバーが流れ出す。
ふと、もうひとつ、ムーンリバーを奏でているFの口笛が聞こえてきた。
作戦は無事に終わったのだ。
Kはオルゴールをデスクに戻した。

こちらのシリーズに絡めさせていただきました。