見出し画像

定期券

70歳になると市から貰えるという通称「老人パス」。
市内の路線バス、市バスともう一社のバスの乗り放題パス。
自分は今年で76だが、今まで自家用車を運転していた。それが目を患い視力が落ちたことで子どもたちに運転免許の返上を促された。
確かに隣の奥さんがスーパーの駐車場でアクセルとブレーキを踏み間違えて事故を起こしたとか、元同僚がいつも出し入れしている自宅の車庫に車をぶつけたとか話を聞くと、子どもたちのいうことを聞くのもいいかもしれない、そう思った。
老人パスは診察券程度の大きさで表面に「市内公共交通機関無料パス」と書かれてあり、その下に大きく期限が記されている。
期限の2ヶ月前には更新のお知らせが届くという。
裏面には名前と住所と連絡先を書く欄があり、パスを受け取る際に記載すると、それをラミネート加工して渡してくれる。
そのパスを見て、孫が「これ使ってよ」と定期券入れを寄越した。
定期券。
思えばこれまでの人生で定期券を使ったことがない。
小中学校はそれぞれ歩いて5分と7分。学校が隣り合っていたので通学路も変わらない。
高校は一番近いところという理由で選んだ。
「勉強できるやつの基準は違うねぇ」
同級生に言われたことを思い出す。
歩いて15分。無理やりバスで行くこともできるが、大通りをぐるりと回るので、徒歩の方が断然速かった。雨が降っただけで渋滞になる交通事情にも徒歩は全く関与しない。
大学に入るために家を出た。
ひとり暮らしに憧れていたわけでもないので、大学の寮に4年間。キャンパスまでは自転車で通った。
大学のある町は、自分の生まれ育った町とは違い、冬も暖かく、雨の日以外は自転車だった。一年に一度回数券を買えば済む程度の回数しか乗らなかった。
大学卒業後、地元の設計事務所に就職した。
特に独立志望もなかったが、40前で同僚と共にその事務所を引き継ぐことになった。
65歳で退職するまで、ずっと自家用車通勤。
定期券が自分の生活に入り込むことはなかった。
28歳で結婚するのをきっかけに家を出た。最初は賃貸マンションだったが、その後勤め先の設計事務所が手掛けたマンションを購入し、引っ越した。
子どもはふたり。どちらも男。孫は5人。
妻が2年前に他界してからは、次男の家族と一緒に暮らしている。
長男もすぐ近くに住んでいて自分と同じ仕事に就いた。次男は市の土木課にいる。
自分の人生をざっと見返したが、どこにも定期券は出てこない。
役場勤めの次男は、自家用車勤務が基本認められずに公共交通機関を推奨されているが、朝は彼の妻の運転する車で出掛け、帰りはバスを使ったり、迎えにきてもらったりまちまちだった。
自分もこの2年、何度か息子を迎えに行った。
「定期券?あぁ。大学の時に電車だったからね。兄貴も俺も高校までは父さんと一緒だから、定期券持った時はひたすら落とさないようにだけを気にしてた」
いつか車の中でそんな話をした。
「多分、兄貴も大学の時は定期券使ってたんじゃないかな?ほら、父さんが紹介してくれた設計事務所にアルバイトに行ってたでしょ?」
「あぁ、そういえば」
「大学も兄さんは父さんと一緒だったからねぇ。俺たちにとって父さんはお手本だったから」
そう言って次男は笑った。
父親としてそう言われることは嬉しいことだ。
「俺は今まで一度も定期券を手にしたことがないなと思って」
「へぇ。でも案外と多いかもよ。そういう人」
「そうなのか?」
「特にここみたいな地方都市?都市まで行かないまでも地方に住んでいると交通事情は自家用車中心だからね。バスの本数も路線もだいぶ少なくなった」
息子は「だからこうして父さんに迎えに来てもらわなくちゃならない」と言って笑った。
老人パスを定期券入れに入れた。
パスカードが少し小さいようで、ケースの中でカタカタなった。
そういえば、と思い出す。
若い頃、ひとり旅に出た先の町で路線バスから降りる際に、小銭を精算箱に入れると、バスの運転手も、背後に座っていた乗客たちも「あんた、ここの人じゃないね」という顔をした。
確かにそれまでバスを降りる人はいずれも定期券か何かのカードを運転手に店、乗車券だけを箱に入れて降りていた。
あの時の乗客の何割かは、これと似たパスを持っていたのではないか?バスの中は学生か老人かのいずれかだったような気がする。
定期券にしろ、パスカードにしろ、便利ではあるが、何かしらの限りがある。乗り降りできる機関だったり有効期限だったり。あの現金を支払って降りた時、他の乗客に対し優越感を感じた。自分には期限も縛りも何もない。
ただ自分はあの時の忘れていたのだ。
自分はあの場所を通り過ぎるだけの、彼らの記憶に残らない存在なのだと。
カタカタなる老人パスを眺めながら、これまでの自分の人生を思い出すというのはなんだかひどく滑稽なような気がした。
鞄の奥にパスをしまいながら思う。おそらく自分はこれを取り出すことはしないだろうと。それは自分の老いを認めたくないということではない。
期限の見えてきた人生に新たな制限を与えなくてもいいんじゃないか?という僅かばかりの抵抗である。
そして、いつかの町の乗客たちに言う。
定期券を持たなくてもなんら不自由しない人生だったと。
彼らは自分のことなど覚えてなどいないだろうけれど。

■■■

140字を書いていた時にふと浮かんだ話をそのまま書いてみました。