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冬の怪談

今までの人生で2回、所謂「幽霊」に遭遇した。
ひどくシンプルな遭遇の仕方だった。
1度目は夕方。
大学の仲間と映画を撮っていた。自分は差し込みの風景をいろいろ撮っていた。
冬休み、母方の祖母の家に行って、やはりカメラを回していた。
住宅街の近くに田んぼが広がっている。
もちろん後から住宅街が出来たし、特に珍し風景ではない。
舗装された道から田んぼの畦に入る。
昨日から降ったり止んだりの雪が15cmほど積もっていた。
足跡のない畦道をゆっくり歩きながら白い風景を撮っていく。
ふと、自分の前に人がいるのが見えた。
紺色のジャンパーを着た男の人のようだ。
撮ったところで必ずしも使うわけではないが、カメラの中に収まっているかもしれない。一応中を確認しておかなくてはと思って映像を確認した。
誰も映っていない。
カメラから顔を上げて向こうを見る。
男の人は確かにいる。
そういえば、あの人はどこを通ってあそこにいるのだろう。
僕は男の人のいる方へ走った。
男の人はこちらに気がついたのか、顔を上げるとこちらに向かって歩き出した。
この畦道は向こう側に通じているのかもしれない。
男の人はゆっくり左右に揺れながら、歩いてくる。
すれ違いざま水の匂いがした。雪の匂いかもしれない。かすかにお互い会釈してすれ違った。
僕は視線を足下に向けた。
半分は予想していたが、そこに男の人の足跡はない。
僕はゆっくり振り向いた。
男の人が歩いている。
さっきより左右の揺れが大きいような気がする。
右に大きく揺れた。
そして、そのままズルリと田んぼに、白い雪の降り積もる真っ白な田んぼに落ちていった。
僕は慌てて駆け寄ったが、やはり思ったとおり誰もいなかった。
誰もいない田んぼを映して、もと来た道を戻った。
その話を大学の仲間に教えながら、映像を確認する。
「やっぱ、何も映ってないよね」
「あぁ」
「おまえってさぁ、淡白だよね」
「そうかな?」
祖母の作った惣菜や漬物をそのまま持ち帰るのも何なので、送ることにした。
駅の近くの宅配便で発送の手続きを済ます。祖母は「こうすればいつでもみっちゃんに送れるね」と言っていた。
営業所を出るとたまたま祖母の家の隣の奥さんとばったり会った。奥さんが僕を見送るまで付き合うと言ってくれた。寒い中、再び祖母を歩かせるのは気の毒だと思っていたので、お言葉に甘えることにした。
奧さんは祖母の従姉妹の娘だという。
「そういえば田中さんのお父さん、やっぱりダメだったみたい」
駅の待合室で祖母と奥さんが話をしているのをぼんやり聞きながら、窓越しに駅前の風景を撮っていた。
「でも何で今頃田んぼに行ってたのかねぇ」
祖母の声がした。
駅前はロータリーになっていて、駅舎の前は数台車を停めることもできた。
そのロータリーの向こう側を、男の人が歩いている。一瞬、ギョッとした。襤褸を来た男の人だった。ホームレスだって今はきちんとした防寒着を着ている。会ったことはないがテレビで見かけるホームレスは身なりはきちんとしている。
男の人は焼け出されたかなにか、コントにでも出てきそうな襤褸服と伸ばし放題といった感じの髪の毛は肩まで伸びていた。
道ゆく人がすれ違っても、男の人を気に求めなかった。
僕は、男の人を追うようにカメラを回し、そして、一旦止めて、映像を確認した。
畦道の男の人同様、映像の中に男の人はいない。
もう一度窓の外を見る。
どこにも襤褸を着た男の人はいなかった。
僕は男の人を撮るために回した分の映像を削除した。

改札で祖母と別れた。
「いつでもおいで」と祖母は言った。

駅のホームでカメラを回した。
降り始めた雪を電車に乗り込むまで映していた。

「それっきり、幽霊は見ていない。気がつかないでいるだけかもしれないけれど」
「足があったら人だと思うよなl
「まあね」

映画の編集をしていてひとつ気がついた。
先に男の人と会った畦道の映像が消えていた。
駅前の映像のように自分で消したかもしれないが覚えていない。
映像が消えていた事実の方が、幽霊に遭ったことより怖く思えた。