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【78こんなつもりじゃなかった】#100のシリーズ

その場に立ち尽くすゼロが言う。
「こんなつもりじゃなかった」
「そう言われてもこっちだって『こんなつもりじゃなかった』だよ」
そう言って僕はゼロに銃を向けた。
ゼロは「撃てるのかい?」と言った。
「もちろん」
僕はそのまま引き金を引いた。

ゼロの言う「こんなつもり」とはどんなつもりだったのだろう。
後部座席に横たわるゼロをルームミラーで確認した。
ゼロに撃ち込んだのは特殊な睡眠弾。
細い針の形をしていて、相手の体内で溶ける。
二日は目が覚めることはない。眠るというよりも仮死状態に近い。
車に乗せた時点で酸素マスクを装着させた。
助手席に座ったFが言う。
「おまえの予想通りだったか?」
「えぇ」
ゼロというのは組織での名。僕はかつて彼を別の名前で呼んでいた。
子どもの頃の数少ない幸せな記憶に彼はいた。
今回の指令は「生きて確保すること」だった。
目覚めた彼が果たしてそのまま生きることを望むだろうか?
みすみす敵の手に落ちたその身をよしとするだろうか?
「しばらくは眠らせておくんだろうさその間に記憶を抜くんだろう」
「え?」
それは文字通り記憶の抜き取りだった。
全ての記憶を抽出する。
脳のどこに経験の記憶があるかなんてことはすでに解明済み。それを抽出して解析して、ゼロの所属する組織が何をしてきたか何をしようとしていたか、情報を得るのである。
拷問よりも手っ取り早い。そう言われている。
ただそれは、脳が機能しているときでないと抽出できない。
「それによって壊れてしまうかどうかは本人次第だ」
記憶の抽出によって廃人のようになってしまう者もいればそうでない者もいる。
彼がどっちかなんてことはわからない。
僕の幸せな記憶はこんな形で塗り潰されるとは思わなかった。
彼の中の僕との思い出は単なるデータに変わってしまう。
幸せな記憶はもう思い出したくない記憶に変わってしまった。
「こんなつもりじゃなかった」
彼は何に対して言ったのだろう?
その言葉も意味もやがては単なるデータになるのだ。
少しだけ視界が滲んだ。
Fは何も言わずに前を見ている。
僕はアクセルを踏む足に力を入れた。


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