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タイムマシン試作第3号

「未来に行けても戻って来れなければ成功とは言わない」
大藤原博士は言う。
二日後の未来に飛ばしたタイムマシンは二日経った研究室に現れた。その後、二日前に戻そうとしたが戻らない。
それ以前に、二日前の研究室でいくら待ってもタイムマシンが戻ってこなかった時点で北条と榛は今回の3号機も失敗だったことに気がついていた。
どうやっても「過去には行けない」のである。
試作1号機はそもそもピクリとも動かなかった。何度か実験を繰り返すうちに回路がショート。
2号機はタイムマシンの動力部分だけが未来に行ってしまい、残った部分は動力部分が抜けた衝撃でバラバラになった。そして2日後の世界に現れた動力部分は元の形が想像できないほどバラバラになっていた。
「次元を越える際に問題があるようだ」
大藤原博士は言う。
助手の北条も、アルバイト学生の榛にも博士の立てた次元を越えるイメージが浮かばない。
大藤原博士のいう次元の壁を越える際に生じるさまざまな衝撃を電算室のAIが弾き出した数値をもとに作った3号機は今までと全く違う形をしていた。
その形状は3Dプリンタで成形された。
「人間ではこの形を正しく再現できそうにないですよね」
榛がしみじみ眺めていた。
電算室のAIは大藤原博士の旧友の物理学博士で大学教授をしている森川博士から譲り受けたものだった。
「十分に学習を積み重ねている」
そのAIの操作=相手をするために森川博士の研究室の学生である榛と共に「大藤原時間遡行研究所」にAIが来てから、格段に作業は進んだ。
大藤原時間遡行研究所の対外面のサポートを一手に背負っていた助手の北条は、AIとアルバイト学生・榛の登場は折れかかっていた心の支えになった。
北条が大藤原の研究所に助手として勤めるようになって、榛で3人目のアルバイトだった。かつてのバイトは1号機、2号機の実験失敗と共に去っていった。
「北条さんはどうしてここの研究所にいらっしゃるんです?北条さんほどの方でしたら一流企業の研究所でも十分ご活躍できますよ」
北条より8歳年下の榛は育ちがいいらしく常に丁寧な物腰だった。そして大藤原博士の無茶振りを自然に受け流すスキルを持っていた。もちろん優秀な人材でもある。
「博士は自分の伯父でね。母親にお守りを任された」
潤沢な研究資金は長男である大藤原博士の代わりに、その妹の婿となった北条の父が社長を務める大手企業のバックアップがあってのことだった。
「森川教授の人選に間違いはなかった」
かつての恩師にそっと手を合わせる。
そんな榛も3号機を出発時の日時に戻そうと懸命になっている大藤原博士を見て、そっと溜息をついた。
「博士、ひとついいですか?」
榛が博士好みの甘いコーヒーを置いて言う。
「3号機の形状は未来に向かうための形状で、過去に向かうのには適していない可能性というのはないでしょうか?」
大藤原博士はたっぷり5秒ほど固まり、ポンと手を打った。
「あぁ、そうだ。私の理論は前に進むものだ。あぁ、そうだ」
「未来に向かうという意味では博士の理論に間違いはなかった、ということですよね」
五条が言うと「あぁ、そうだ。私の理論に間違いはなかった」と言って、博士は3号機から離れ、甘いコーヒーをグイッと飲むとふらふらと3号機から離れた。
「ありがとう榛。これでしばらく博士は思考活動に没頭する」
大藤原博士に動きがないうちは、北条は北条の研究を進めることができる。
北条の研究は形状記憶金属に関するものだった。
「いえいえ。北条さんのお力になれて何よりです」
ふたりはこっそりと3号機の片付けを始めた。
研究所の奥にある格納庫にしまうだけだ。
「大藤原博士はどうして未来に行きたいのですか?」
榛が訊ねる。
「いやいや。伯父貴は過去に戻りたいんだ。研究所も『時間遡行』となっているだろう?」
そう言われると、というように榛は何度も頷いた。
「ただ、正しくタイムマシンが動くかどうかを確かめるにはまず未来に飛ばす方が確認できるだろう?」
「確かに。でもそうなると、博士の研究は成功せずに終わるんですね」
北条は驚いた。
「どうして?」
「博士が過去にタイムマシンを見ていないからです」
格納庫の扉に鍵を掛ける。
「そうなるのか?」
北条はしばし考える。
「もしも、とんでもない過去に戻って、何かを見たりするのが目的でも、まずは手短な過去に戻るはずです」
「そうなのか?これからの未来のどこかに戻っている可能性もある」
「それに私が博士でしたら」
榛が顎に手を当てて立ち止まる。
「過去の自分にタイムマシンの設計図を残しておきます。目的があるならなるべく早くに達成してもらうためにね」
「なるほど…」
北条は感心した。
つまりはこれからどんなに科学が発達しても時を遡ることはできないという答えが出ているということか…と少し伯父を哀れに思った。
「でも、どこかで大どんでん返し、サヨナラ満塁ホームラン的にタイムマシンが開発されることを私は期待してなくはないんですよ」
榛はそう言って笑った。
その笑みにひょっとして榛はタイムマシンに関して何か答えを知っているのではないか?北条は思った。
「博士が思考活動されている間は、私はお休みでしょうか?それとも何かしら北条さんのお手伝いできることがありますでしょうか?」
ほとんど背丈が一緒の榛が小首を傾げ、下から覗くように北条を見た。
北条は相手が男だとわかっていても一瞬ドキリとした。
この目をどこかで見たことがあるような気がした。
「まさかね」
榛が森川教授の紹介で研究所に来たのは、大藤原博士が3号機に対しての理論を完成させてからだった。会ってまだ1年足らず。
それをどこかで見た気がするだなんて。
「なぁ。以前どこかで会っていないよな?」
榛に対してこれを訊ねるのは初めてではなかった。
今も思わず「どこかで会っていないよな?」と北条は声にした。
いつも「ここで初めてご紹介を受けましたが?」と榛は答えて微笑む。
「さぁ?どうでしょう?記憶になければ会ってはいないと思いますが?」
いつもと違う答えと、いつもより少しだけ目を細めた笑み。
「キミはまだアルバイトを続けてくれるんだね?」
北条は話を変えた。
榛はそれに気づかないふりをしているかのように自然と「はい。もう要らないと言われるまで通わせていただきます」と答えた。
北条は、あの優秀なAIといい、本当に榛が今ここに存在しているのか気になった
榛がククッと笑った。
「北条さんは思っていることがお顔に出ますね」
「え?」
「大丈夫。私は20××生まれの現代人です」
榛はそう言うとまたククッと笑った。
その笑みに、北条は大藤原博士の研究がいつまでも続いてほしいと願ってしまった。