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日曜日の使者

日曜日の使者が月曜日にやってきた。
おいおい、どうした?月曜日から来るなんて?それとも、遅れて来た?
「今週末は3連休なんです」
そうだっけ?とカレンダーを見る。
確かに金曜日にも赤丸が付いている。
職場は土曜日は隔週で休み。木曜日が午前中で午後休診。
職業は獣医。
土曜日はもうひとりの獣医師(兄)と交代で休み。日曜日もどちらかが急患に備えて家にいる。
もともとインドアなふたりだし、入院している患者もいるし、休日も割と家にいる。兄はゲームが好きだし、自分は映画を見ていればいい。
そんな自分たちのところに日曜日の使者が来るようになって2年ぐらい経つ。
そう、最初は自分にだけこんなおかしなことが起きているのかと思ったら、しっかりと兄のところにも日曜日の使者はやって来ていた。
全身真っ白で人の形はしていても目鼻はなく、ただ口らしい窪みがあるだけだ。体つきは結構マッチョな部類に入るのではないだろうか?昔テレビのCMであった「ペプシマン」に似ているような気もする。ウルトラマンを思わせるような質感のボディに赤いマントを羽織り、いきなり目の前に現れる。マントの裏地は白い。
今回はトイレから出るべくドアを開けたら目の前に立っていてい、危うくぶつかりそうになった。
月曜日の朝である。
びっくりしたもののそのまま洗面所に向かう。
手を洗い、歯を磨き(食後にも磨く)、髭を剃り、顔を洗う。
その間、背後でずっと腕を前に組んで立っている。
大抵用事が済むまではこんな感じだ。
最初は驚いたし、ないはずの視線が気にって仕方がなかったけれども、半年後ぐらいから気にならなくなった。兄は3回目から気にしていないと言っている。
ちなみに、兄とは一卵性双生児。当人たちは似ていないと思っているが、患者さん(大学では患畜と言っていたが、同じく獣医をしている父の影響もあって患者さんと呼んでいる)の家族の方々はネームプレートを見ないと間違えてしまうとよく言われる。日曜日の使者は決して間違えることがない。たまに僕がゲームをしていても、きちんと僕だとわかって声をかける。
日曜日の使者は大抵金曜日に現れる。
土曜日も休みの時は木曜日。
だから、兄と自分の前には1日違いで現れる。
金曜日から三連休ということは、パターンからいえば水曜日に来るのが当然ではないか?
自室についてきた日曜日の使者は言う。
「明日、明後日は私は留守をしなければならないのです」
留守をする?聞き捨てならない。いつもここにいるというのか?
「出張です。研修があるんです」
何の研修があるというのだ?
使者は何しに来ているのかよくわからない。
日曜日が来ることを告げ、ついでのようにこちらの予定を訊く。
そして最後に「もうすぐ休みだ。頑張れよ。休みが来たらゆっくり休むがいい」と言って去って行く。
来る時はいきなり目の前に立つが、去る時はドアを開けて出て行く。
「あれって何だろうな?」
兄も言う。
「何しに来ているんだろう?」
独身ふたりは自宅も一緒だ。でも、相手のところに現れた使者を片方は見ることはない。
さて、週の頭に現れた日曜日の使者は何を言うのだろう?
「折角の三連休だ。何をするつもりだ?」
お前に関係ないだろう?はもう言い飽きて久しい。
「まぁ、1日くらいは彼女に会うんじゃないの?」
「おぉ」
何を感動しているんだ?
「そろそろ結婚はしないのか?」
「あんたに関係ないだろう」
「それはどうかな?」
「どういう意味だ?」
「それは言えないな」
顔の前で指を振る。
「休みはしっかり休み給え。連休なら尚更だ」
もう締めか?
「休みを休むためにはしっかり働かないといけない。しっかり頑張れよ」
日曜日の使者はそう言うとマントを翻し部屋を出て行った。
兄のところには金曜日に現れるパターンだが、今週は金曜日も休みだから木曜日?ん?どうなるんだ?
ダイニングで兄に会う。
「あいつ来た?」兄が言う。
「来た」と頷く。
「研修があるからって言ってたけど、何なんだよって」
「昇級のための研修だって」
「何だそれ?」
「自分も平日は頑張っているから、おまえも頑張れよって言われたよ」
兄はそう言って笑いながら、ふたり分のコーヒーを淹れる。
「何か力抜けるよな、あいつに会うと」
「同感」
コーヒーを受け取りながら頷く。
「日曜日も楽しみだけど、あいつに会うのも密かに楽しみになってるんだよな」
「認めたくないけどね」
そう言ってふたりで苦笑いを浮かべる。
曜日を勘違いしないようにしないと。今日は月曜日なのだから。