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アスパラガス

「知っているつもりで知らないものって結構あるよな」
「何だ急に」
「アスパラガスって知ってる?」
「馬鹿にするなよ」
「アスパラガスがどんなふうに生えているか知ってる?」
「土からにょきにょき」
「アスパラガスの花って何色か知ってる?」
「え?」
「アスパラガスって、食べているのは茎でいいの?」
「茎だろう?違うのか?」
「そういうの、疑問に思った思ったことない?」
「・・・ない」
「まあ、そうだよね」
「もしも疑問を持ってもネットで調べちゃうとすぐわかるし」
「でも疑問に持たない。疑問というか気にすることもないし、今、こうして話をしても、だからどうした?だし」
「悪いのか?」
「悪くないよ」
「だろう?」
「まぁ、大抵気にしないよね」
「だろう?どうした?」
「昨日、会社の先輩に会ったんだ。一昨年まで部署が同じだった先輩」
「うん」
「ニュータウンのスーパーの隣が園芸店なの知ってる?」
「いや」
「まぁ、そうなんだ。俺さ、スーパーから出たら、隣接しているその店の前で先輩にばったり」
「うん」
「先輩がリモートワークで家にいるようになったらベランダで野菜を植えているんだとか言ってて、何植えているんですか?なんて聞いたら、トマトとハーブとアスパラガスって言うんだ」
「アスパラガスって家庭菜園とかでできるんだ?」
「そう。俺もおんなじこと言ったんだ。そしたら先輩が、自分も知らなかったけど、教えてもらってやり始めたら、なんで自分はこんなことも知らなかったんだろう。って」
「うん」
「アスパラガスがどんなふうに栽培されているのか?どんなふうに生えているのか?どんな姿をしているのか?そういうことになんでちっとも興味が向かなかったのか?」
「・・・うん」
「なんか生活が浅いというか薄いというか…ともかく、圧倒的に知らないこと、興味を持たないことばかりで自分が恥ずかしくなったって」
「・・・うん。で、おまえも恥ずかしくなったのか?」
「うーん・・・わからない。恥ずかしいというのとは違う何かは感じるけど」
「何かって?」
「アスパラガスの正体を知らなくても、アスパラガスは食えるし、何も不自由なく暮らしている」
「まあな」
「でもさ、一度そういうのに気がついてしまうと、今の場合だったら、アスパラガスの生態とか調べてたくなるだろう?」
「確かに」
「で、調べたところで、ふうん、で終わってしまうんだ。大抵の場合」
「まあね」
「それがいいとか悪いとかじゃないんだけどね。なんだかちょっと虚しくなっただけ」
「そっか」
「うん」
「ところでさ。アスパラガスって子どもの時に家で食べた?」
「あんまり食べなかったような気がする」
「俺も。だからさ、アスパラガスの食べ方っつーか、料理ってあんまり思いつかないだろ?」
「うん。アスパラベーコンとか、小洒落たパスタに入っているのとかサラダとか」
「その分知ってりゃいい方だよ。おれ、アスパラベーコンだけだもん。でさ、この間居酒屋で食べたんだけど、アスパラガスの唐揚げ、結構いける」
「マジ?」
「唐揚げ粉で揚げただけでも十分いけるって」
「へぇ」
「明日、揚げてみない?」
「アスパラだけだと寂しいから鶏唐も揚げようか?」
「いいね。昼から飲もうぜ」
「あ、明日は休みか」
「そういうこと」
「昼から飲むためには、朝から起きなきゃダメだってことわかってる?」
「あ?」
「そういうことでよろしく」
「あ・・・ま、いっか。俺も買い物付き合うよ。人生初のアスパラガスを買うに挑戦だ」
「初めて買うって、マジで?」
「マジで。だからアスパラガスのことなんて思い浮かぶわけがない」
「そうなるか」
「あ、明日、そのスーパーの隣の園芸店にも寄ってみようぜ。おまえだって入ったことはないんだろう?」
「うん。入ったことはない」
「よしよし。おまえも初めての園芸店。うん。楽しみだ」
「おまえっていいな。いいヤツだ」
「何を今更。いいヤツに決まっているだろう?」
「そういうことにしといてやるよ」
「何だよそれ?」