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【咳をしても金魚。】#シロクマ文芸部

咳をしても金魚。・・・って何だっけ?そんなのがあったよな。
金魚の吐く泡を見て思った。
「咳じゃないよ」
友人が笑う。
そうだよな。水の中で咳したら咽せちゃうよな。気管に水が入ってさぞや苦しい・・・。
「あれ?」
今日はひとりで水族館ここにいるんだっけ。
大学で知り合った友人に教えてもらった水族館は、水族館と呼ぶには小さいけれど、雨の降る日なんかにふらりと寄ってみたくなる。
壁一面の熱帯魚の水槽を通り過ぎて通路を行くと3種類の海月が、仕切られた中でぷかりぷかりと漂う水槽がある。そのちょうど対面側に球形の水槽の中に金魚が泳いでいる。そこを出て出口近くに鸚鵡貝の浮かぶ水槽。水槽はそれだけ。
それぞれの水槽の前にベンチやソファが置いてあって、薄暗い照明とモーター音。少しだけ湿った感じのする空気。それらに包まれてぼんやりと過ごせる場所だった。海月の水槽と金魚の水槽のあるスペースには、ひとり掛けの様々な椅子もあって、好きな椅子を好きな場所に移動させて座ることができる。
「年会費を払って会員カードを作るの。そのカードがあればいつでも入れる」
教えてくれた友人は中学生の頃からずっと会員だと言っていた。
5月の連休前に会員となり、夏休みを迎えようとしている今現在、10回は水族館に通っていた。土日はバイトが入ることが多いので、平日に来ることが多い。街中のビルの一階にある水族館は平日でもなかなかひとりになることはない。
不思議と誰かしら客がいる。
その日も海月の水槽の前のベンチに年配の夫婦らしきふたりが座っていた。
そこを素通りして、奥の金魚の水槽に向かう。
入ってすぐの熱帯魚か金魚を眺めることが多い。
金魚の水槽の近くにお気に入りの椅子を持っていく。古い小学校の校舎にありそうな木製の椅子。デザイナーチェアもあるし、ゆったりと体を包み込むようなロッキングチェアもあるけど、最初に見たその古い椅子が自分にちょうどよく感じた。
だけど、木の椅子はずっと座っていると尾骨のあたりが少し痺れた感じになる。
一度立ち上がり金魚の水槽に近づく。
「あ」
ぷかり。
何匹も金魚のいる中で、空気を吐き出す金魚を探す。
咳をしても金魚。
必ず思い浮かぶこれは何だっけ?金魚じゃないし、金魚は咳をしない。何だっけ?
この水族館を教えてくれた友人はアルバイトも紹介してくれた。
掃除のアルバイト。引越し前後の部屋の掃除。
平日には主婦層のアルバイターの方々が受け持つがどうしても土日祝は人手が足りない。
「休日暇だったらどう?エントリーしておくと連絡が入るんだ。受ける受けないはその時に決めてok」
アルバイトばかりで学業が疎かになってはいけない、という親のおかげでアルバイト三昧にならずに済んでいるが、小遣いまでも仕送りに頼るのはどうかと思っていたので、登録をした。
思ったほど重労働でもなく、休日ということで時給が割高で、紹介してくれた友人には感謝である。
アルバイトでは一緒になるが、この水族館に一緒に来たのは2回だけだ。
最初の会員登録の時とその3日後。
その時に「鰓呼吸なのに何で口から泡を出すのか?」について説明をしてくれた。
「呼吸とは関係ない。浮袋の調整だよ」
「へぇ」
わかったような気がして頷いた。
「呼吸でも、げっぷでも、欠伸でもない。くしゃみでも咳でもない。浮袋内の気圧の調整なんだ」
友人は設計士を目指している。自分はロボット工学に興味はあるがそれを職業にできるかはわからない。
ぷかり。
真正面からそれを見つけると少し嬉しくなる。
咳をしても金魚。
「だから咳じゃないんだって」
密かに自分に突っ込んで、ひとり、金魚の水槽を後にした。

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この話をはじめとする、自分の話に時々出てくる水族館でのお話です。

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