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黒い絵

キャンバスを黒く塗り潰しただけに見える絵が白い壁に掛かっている。入り口以外の三方の壁にそれぞれ一枚ずつ。
大きさは100号ほどはあろうかというサイズの黒い四角が圧倒してくる。
これは何?何の意味がある?
恐れながら少しずつ正面の絵に近付く。
杉綾の床と大理石の壁。いくつもの照明が黒い絵に当てられている。
どこまでも黒い絵…。
不意に、その黒の中にある目に気がついた。
歩みを止めてじっと絵を見る。
その目は黒い水牛の目だった。角まで黒い水牛がジッとこちらを見ている。その盛り上がった背に黒い鳥が止まっている。烏ではない。鳩に似た黒い鳥はこちらのことなど関係ないと言いたげにどこか遠くを見ているようだった。
一歩近付いてみる。
するとさっきまで見えていた水牛の姿が消えてしまった。
もう一度さっきいた場所に戻っても見えない。
角度を変えてみても、絵は真っ黒な四角でしかなかった。

右側の黒い絵を見た。
正面の絵よりも少し照りがあるように思えたがやはり黒いだけの絵だった。大きさも同じくらい。
少しずつ近付く。
もうすっかり近付いて、見上げ見なくてはならないくらいになった。
と、その時、一面に羽ばたいている無数の黒い蝶に気がついた。
煌めきながら羽ばたく無数の蝶。
隙間なくみっしりと、数えきれない蝶の羽の鱗粉まで見えるような、こちらが窒息してしまうような気さえする絵だった。
恐ろしくなって後退ると、一瞬で蝶の姿は消えた。
大きく深呼吸をすると慌ててその絵から離れた。

背後にあるもう一枚の絵の前に立つ。
背中に蝶の羽ばたきを感じながら。
他の2枚と違って、横型だった。
ナイフか何かで塗られたのか、遠くからでも盛られた絵の具で凹凸があるのがわかった。絵の具は波を打ち、あるいは刺々しい形のまま固まっていた。
数歩近付いたところで「あっ」と声が出た。
花が咲いている。
一面に様々な花が咲いている。
しかも黒い花だと思ったそれは、光を受けて様々な色に見えた。
赤も、黄色も、白さえも、その黒の中に見ることができた。
その色とりどりの花の波に眩暈を覚えた。

ふらふらと部屋の扉に向かう。
扉に手を掛けて押し開ける前に、振り向いた。
入った時には見えなかった水牛がここから見えた。
ただ鳥は、水牛の背からいつの間にかどこかへ飛んでいったかのように姿が見えなかった。
扉を開けて部屋を出る。
そこはくすんだ闇色に満ちていた。