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刑事ドラマのような夜

昔っからテレビドラマは刑事物が好きだった。
兄貴が好きで見ていたからつられて見ていたのがいつの間にか自分も好きになった。
刑事物が好きなのは、カッコイイのはもちろんだけど、いつ見ても一緒なところだった。部活の遠征で見れない週があっても、翌週の内容に問題がないところが良かった。
テレビの中では毎回誰かが殺されて、刑事たちがそれを解決する。
殺人事件ばかりではないけど大抵は誰かが死んでいる。
目を閉じているといいけど、目を開いたままだったり、水の中だったり、死体役の人も大変だよなぁと思うようになったには中学生ぐらいだったろうか?
最近のドラマは一見一話完結に見えて、実は話が続いていることが多い。
一話見逃すと、そのあとは見なくなってしまう。
「録画とか、配信とかでフォローすればいいじゃないすか」
「そこまでして見たいというわけじゃあないんだよなぁ」
「あぁ、それわかります」
地味な車内での張り込みはまさに昭和の刑事ドラマで見る光景だ。自分と慎吾は、ビルから出てくるターゲットをじっと待っている。
今夜のレセプション会場に現在調査中の相手がいる。もう片方の相手とそろそろ接触があってもいい頃だ。所謂「密会現場」を抑えることが今回の最終目的だった。知らぬ存ぜぬを通させないためにも、その場の様子を録画する必要があった。現在、相手の方に張っている側からも「今夜は出掛けそうです」と連絡が入っていた。相手は滅多に外に出ない。代わりにこちらはいろいろなところに顔を出す。中では他のヤツが相手をマークしてくれているから、外に出るときは前以て連絡も入る手筈になっている。
「昔、携帯電話がない時ってどうしてたんですかね?こういうの」
慎吾は平成二桁生まれ。携帯電話が当たり前でダイヤル式電話を使ったことがない世代。録画だってビデオテープではない。
そういう自分もかろうじて昭和生まれであって、人生のほとんどは平成だ。刑事ドラマの中にはスマホではないが携帯電話が普通に登場している。
「無線だね」
「無線?」
自分で答えながら、少し考えた。
覆面車の中には無線機がついていたが、今のように建物の中で張っている刑事とはどうやって連絡を取っていただろう?
「太陽にほえろ!見ないとな」
ボソリと言ったのを慎吾は聞き逃さなかった。
「俺も見たいっす」
「あぁ」
「あぁ…って気がないですね」
自分が生まれたあたりに終わった伝説の刑事ドラマだ。再放送で何話か見たが全部ではない。
「700話とかあるんだよな」
「うわぁ!何年やってたんですか?」
「15、6年じゃないかな?兄貴が詳しいんだ」
刑事ドラマの張り込みにはあんぱんと牛乳がつきものだった。
あれはあれで効率よく栄養が摂取できていたのかもしれない。昭和の頃は瓶牛乳だったのだろうか?ふとそんなことを思う自分に気づく。
「腹が減っているのか?」
「減ってます」
独り言のつもりに慎吾が返す。
車には非常食・栄養補助食品を入れているバッグがある。固形と液体とゼリー。昔のパンと牛乳よりもさらに効率よく栄養摂取できるかもしれないけれど、今の刑事ドラマでもそれらを食べながら張り込みをしているのはあまり見かけない。
「イメージなんだろうけどねぇ」
とボヤきながらポケットから財布を取り出す。
そして現金ではなく電子マネーのカードを取り出し慎吾に渡した。
「ビルの一階にあるコンビニで買ってこい。俺のはシャケおにぎり。事務所の経費だから遠慮するな。ただいつ移動が始まるかわからないぞ」
相手を徒歩で追うのは慎吾の役目だ。車だったら自分が追う。
「サンキュー、緋村さん」
慎吾が嬉しそうに車を降りた。
食べることが好きだというのは羨ましい。それだけで毎日に楽しみがあるのだから。自分も嫌いではないが慎吾のようではない。
「ま、大抵、こんなふうに出て行った途端、連絡が入るんだよな」
一人残った車の中で言う。
ドラマのようにこのタイミングでの連絡はない。
ホッとしつつも苦笑する。ドラマのタイミングはあくまでもドラマの中だけのようだ。
どうせなら、慎吾が無事に夜食を食べ終えるまで動きのないことを祈ることにした。