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Pretender

「プリテンダーってずーっと意味を勘違いしていた」
「どんな意味だと思っていたのさ?」
「プリティなテンダー」
「なんだよ、それ?」
「可愛くて優しい人」
「おっと・・・なかなかいい勘違い。つまりプリテンダーは和製英語だと思っていたと」
「和製じゃなくても、単語がくっついてできたものだと思ってた。子どもの頃から」
「子どもの頃にtenderを知っているというのはすごいんじゃない?」
「じいちゃんが、エルヴィス・プレスリーが好きでね。Love me tender とかよく聞いていたんだ。あの歌はテンポもゆっくりできちんと聞き取れるからね。自分も好きだった」
「渋いね」
「監獄ロックも好きだった」
「おまえが?」
「じいちゃんが」
「そうか」
「なんだよ。興味なしかよ」
「おまえのじいちゃんに会うことねぇもん」
「まぁ、そうだよね。死んでるし」
「おい」
「でもさ、一番最初にプリテンダーという言葉を聞いたのがいつか覚えてないんだよね」
「じいちゃんがプリテンダーズ聞いてたとか」
「ないね。ハンク・ウイリアムズは聞いていたけど」
「知らないな」
「歌手。カントリーウエスタンの。プレスリーよりひとまわりくらい年上」
「じゃあ、知らないな」
「気になってるんだよねぇ。プリティでテンダーな人と勘違いするくらい昔に聞いてるんだよね」
「なんかあったかな?」
「でさ、初めてスペル見た時、pre+tenderで優しさの前?なんて考えちゃったんだよね。優しさの予行練習みたいな?何故そんなことしなくちゃなんないんだ?とか」
「それって割と最近?」
「うん。ほら、あの歌が流行るちょっと前くらいかな?」
「流行ったの?どんな歌?」
「おまえ、知らない?」
「洋楽?」
「邦楽」
「俺さ、もうしばらく音楽って聞いてないかも。自分から聞こうとしてないな」
「そうなんだ」
「聞いても昔の曲。自分が音楽を聞いていた頃の」
「じいちゃんと一緒だね」
「死んだじいちゃん?」
「そう。だからエルヴィスとかハンク・ウィリアムズとか。映画音楽とかも聞いてね」
「映画音楽?」
「なんかね、太陽がいっぱいの曲とか聞いちゃうと泣けてきちゃうんだ」
「じいちゃんが?」
「俺が」
「それは・・・」
「でさ、プリテンダーって詐欺師を意味するわけよ。人を騙して、地位とか金とか取っちゃうあたりも太陽がいっぱいに繋がるってわけでさ」
「太陽がいっぱいで見聞きしたんじゃなくて?プリテンダー」
「違うんだよなぁ。でもなんかの曲のような気がする」
「プリティでテンダーな曲?」
「うん。プリティでテンダーな曲・・・あ」
「思い出した?」
「思い出した。やっぱりじいちゃんだ」
「え?」
「The Great Pretender 。クイーンっていうかフレディ・マーキュリーも歌ってた」
「へぇ」
「じいちゃんが口ずさんでは歌の意味を教えてくれたんだ。恋人に別れた後でもみんなの前ではいまだにその恋人と付き合っているかのようなふりをしている男の歌だって」
「へぇ」
「見栄を張るというのとも違うんだろうな、って。自分が不幸な寂しい男だと言ってしまったら本当に不幸で寂しい男になってしまうから、自分を奮い立たせるためにも嘘をつくんだろうな、って」
「うん」
「でもさ、どこにもプリティな要素がないよな?」
「あのさ、フレディ・マーキュリーが歌ってたって言ったよな」
「うん。・・・あ」
「うん」
「オレってば単純」
「ま、子どもの頃の話だし」
「うん。まぁ、そうだな」
「今でも単純だけど」
「え?」
「今度こそすっきりした?」
「うん。すっきりしたことにしておく」
「なんだそりゃ?」
「いいんだよ。オレにとってじいちゃんはグレートでプリティなテンダーだから」
「そういうことにしといてやるよ」