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【75裏切り】#100のシリーズ

「裏切りには2種類あります」教授は言う。
「相手が自分を信頼するように仕向けてから、その信頼を裏切る。許されないことです」
大きなホワイトボードは真っ白のままだ。巌本教授はほとんどホワイトボードに何も書かない。教科書として使っているテキストにない言葉を使ったときだけ、その言葉の漢字を、もしくは単語の綴りを表記するだけだ。
「もうひとつは、勝手に自分が相手に期待をして、自分の期待通りの言動をしてくれないのに対して発する『裏切り』。これは迷惑以外の何物でもありません」
巌本教授は心理学、それも犯罪心理学の博士でもある。
「これを『独りよがりな裏切り』と私は呼んでいます」
あぁ、確かにそうだよなぁ…と僕は思った。
「でも、こういうケースはどうでしょう?」
常勝チームと呼ばれるスポーツチームのファンである。今期もずっと勝ち続けている。
「そこであなたはちょっとした賭けをした」
もちろん自分はファンであり、連勝中のチームに賭けた。
「だけど、その試合、あなたの賭けたチームが負けてしまった。これはどちらの裏切りになると思いますか?」
おそらく誰もが「独りよがりな裏切り」だと思っただろう。自分もそう思った。
「いや、でも、待てよ」
ずっと勝ち続けてきた実績によって、ファンの信頼は高まっている。「次も勝つだろう」は「次も必ず勝つ」に変わる。変わって当然なのか?
「どう思われます?」
教授の声が響く。
「人の気持ちはその人によって『正解』が違います。相手の正解が自分と一致するとは限りません。でも相手の正解を理解することは可能だと思います。その手立てが心理学です」教授は言う。
「負けた試合で『応援してくれたファンの皆さんを裏切った形となり申し訳ありません』監督は言うでしょう。でも監督には裏切るつもりはなかったんです。正直、裏切ったつもりもない。でも、ファンの気持ち、『裏切られた』を理解できるからこういう言葉を口にできるのです」
つまりこれはやはり「独りよがりな裏切り」で正解なのだろうか?
「この例えにはもうひとつのファクターがある。その試合に限って、賭け事の対象になっていた」
思い出した。
これは去年あったサッカーチームの殺人未遂事件の話だ。
選手の乗ったバスに爆弾が仕掛けられていたのを、運転手が事前のチェックで発見した事件。
今だ裁判中だが、弁護側は「チームに裏切られたと思うのは当然である」と主張して減刑を求めている。
「きみたちの意見を400字以上800字以内にまとめて2週間後までに提出するように」
やれやれ。この課題が出ることは想定内だったのか、教室にいる誰からもブーイングが上がらず講義は終了した。


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