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警察官-【妬いてるの?】#青ブラ文学部

酔っ払いの喧嘩の仲裁に呼び出されるのは、まだいい。
夫婦喧嘩や恋人同士の痴話喧嘩で呼び出されると、時折居た堪れなくなることがある。
今回も少しだけ嫌な予感を感じながらも交番を出た。
同僚の金澤が「ご指名じゃ仕方ないだろう」と見送ってくれた。
「お店の子の彼が来て言い争いになっている」
電話を受けたのは新人の福嶋だった。
「山縣さんは今日はお休みなんですか?」
「いえ、今は警ら中です」
少し前に山縣は金澤と交通事故現場に出向いていた。
「戻られたらいいです。来ていただけないでしょうか?…って院長先生が言っていました」
呼び出された山縣ではなく金澤が肩をすくめた。
藤クリニックの前には人集りができていた。
「警察です。通ります」
山縣が言うとモーゼの十戒のように道ができる。
玄関を入ると待合室で腕を組み憤然と立つ美園侑布子の姿があった。
その前にはおそらく怒りからだろう。顔を真っ赤にして立つ男がいる。
「警察です」
山縣の少しハスキーな声がその場に響く。
受付のカウンターの向こうには、キャパオーナーな人数の職員がいた。
チラリと侑布子が山縣を見た。微かに笑ったようにも見えた。
その向かいに立つ男が「何しに来たんだ」と言う。
山縣は少し考える。
自分は何をしに来たのだろう?
「院長に呼ばれてきました」
男の質問の答えではないな?山縣は思った。
でも、男の問いはそのまま誰かに問いたいところだ。自分は何をしにここに来たのか?まぁ、察しはつく。この状況をなんとかしてもらいたいんだろう。
「あなたたちこそ、ここで何をしているのですか?」
美園侑布子は藤クリニックの看護師だ。それは山縣も知っている。むしろ侑布子に関してはここにいる人間の中で詳しく知る方かもしれない。もっとも最近のことはわからない。山縣と侑布子は3年前まで付き合っていた。付き合いは長い。保育園に通っていた頃からの幼馴染であり、高校生の頃から10年ほど恋人と呼ばれる付き合いをしていた。
別れた理由は山縣が結婚に踏み切らないからだったと、山縣は思っている。
家族になるには侑布子は刺激が強すぎる。そう思ったのだ。
「こいつが別れるなんて言うからだ」
男が血走った目で言う。
「またか」
山縣がぽそりと言う。
山縣と別れてこれで7人目だ。今回はスパンが短い。
チラリと男を見ると「妥当かもな」と思った。
悔しいかな。侑布子が付き合う相手は悉く見た目が山縣に似ているのだ。だが今回は少し違う。顔は似てなくもないが背が低い。
こんな時にそんなところをチェックしている自分に山縣は少し呆れた。
「ごめんなさい。あなたは私の理想とは違ったの」
腕を組んだ侑布子が言い放つ。
「職場にまでお仕掛けるような男は振られて当然でしょ?」
煽りすぎだ。と山縣は思った。
「おまえの理想だなんて」
知らないと続けたかったかもしれない。その前に侑布子山縣を指差した。
「この人」
ギャラリーが一斉に響めく。いや、このくだりは毎回のお約束だ。お約束の展開を人は期待するものだ。
「顔は似ていたんだけど、中身が全然違うの」
辛辣。と誰かが呟いた。
いつもはこれほど酷くない。
山縣は気がついている。侑布子はわざと相手を怒らせて騒動を起こし、自分を呼ぶ。こんな騒ぎを起こしても侑布子が職場を首にならないのは院長が彼女の祖父であり、ギャラリーに混じる2代目が叔父だからである。
「テメェ」
男が侑布子に襲い掛かろうとした。手にはいつのまにか折りたたみのナイフが握られていた。
男が二歩前に出た。
瞬間、山縣が男を取り押さえ、手にしていたナイフを床に落とす。
「障害未遂、銃刀法所持違反で」
腕時計を見る。
「午前11時28分。現行犯逮捕」
山縣は手錠を掛けた。
拍手が起こる。
「チクショウ」
男は山縣の顔を見た。制帽に隠れがちな顔はどこか自分に似ているだろうか?
「ね。あなたと全然違う」
いつのまにかそばに立つ侑布子が言う。
逮捕までに至ったのはこれが二度目だが、院長が再び交番に連絡したらしく、近づくサイレンの音が聞こえた。
間もなく到着した金澤と福嶋が男を連行していく。
「いい加減、落ち着けよ」
山縣が侑布子に言う。
「何が?」
「次々と男を作っては騒ぎを起こす」
「ね?妬いてるの?」
侑布子は山縣の顔を覗き込んで言う。いつものことだ。嬉しそうな顔で訊く。
「誰に妬くんだよ?」
もしも嫉妬するとしても、それは相手の男になのだろうか?それとも男を作る侑布子に対してなのだろうか?山縣は本気でわからないでいる。
「相変わらずつまんない男」
侑布子が言う。
「勤務時間終わったらでいいから交番に寄るように」
山縣は、それだけ言うとクリニックを後にした。



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