見出し画像

【風薫る】#シロクマ文芸部

「風薫るのかおるといえばたいていは通じる」
「羨ましい」
「あぁ」
男3人がオープンテラスで頭を突き合わせている。
「俺は年配の人には割と説明は楽なんだけど、若い人に困るんだよなぁ」
「オレも」
「井上馨のかおるです。で、あぁ…ってなる」
「イノウエカオルって?」
「大昔の政治家」
「ふうん…」
「って、お前みたいなリアクションの人には、女子レスリングの伊調馨選手のかおりの字です。と」
そう言いながらテーブルの上で指で馨の字を書いてみせる。
「あぁ」
「ほら?伝わるでしょ?」
ふたりがウンウンと頷く。
「オレはもう榊原郁恵さんのいくの字でカオルです。が、王道パターン」
「あぁ…郁恵さんは強いな」
「割と郁の字つく芸能人いるけど、代表は榊原郁恵さんだよなぁ」
「自分は逆に誰にでも通じる有名人っていうのがいないんだよね」
音川薫は椅子の背に寄りかかり腕を組む。
「あ、なんかわかる」
大西馨が頷いた。
「俺だって、伊調さん通じなきゃ、もうアウトだもん」
「全然いないわけじゃないのよ。なんつーの?マニア受けというかさ」
音川の言葉に小田島郁が再びウンウンと頷いた。
「本当は結構いるんだけどね。の字がつく有名人。でも誰もカオルって読まないし、ファンとかじゃないとの字だと気づいてないんだよ」
音川と大西が「わかるわかる」と口々に言う。
「キラキラネームでもないのにどうしてこんなに苦労するかね?」
音川がふぅっと溜息をついた。
「でもいいじゃん。お前には『風薫る』がある」大西が言う。
「マジ、羨ましい」と小田島が乗っかる。
「いやでも、俺たちよりか下に通じるかな?『風薫る』」音川が残り少なくなったメロンソーダを啜った。
「そういえば駿しゅんも言ってた。瞬間の瞬とか小栗旬の旬とか言えたらどれだけ楽だったろうって」小田島が言う。
「優駿の駿があるじゃん」と大西。
「それはやっぱりある一定の年齢層以上じゃないと通じないって」
小田島が言うと、ふたりはやれやれというように椅子の背にもたれた。
「名前、苦労するよね」
そんなふたりに小田島が言う。
「ところで風薫るってどういう意味?」
大西が隣りの音川に言う。
音川は「なんだよ?それ」と呆れた声を出す。
「風が爽やかに吹く様だよ。風薫る5月。夏の季語」
「ふうん」
「ふうんって、ピンと来てないだろう?」
オープンテラスに気持ち風が吹き抜ける。
3人はその風を見送るかのように、吹き抜ける先に視線を向けた。