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土竜を拾う

朝のウォーキングの途中だった。
足元に蠢く何かを見つけた。
「何?」
しゃがみ込んでそれを見る。
「もぐら?」
なぜ此処に?此処はアスファルトの散歩道。
「もぐらって地上に出ちゃうと死ぬって聞いた」
ひとりごちる。
何故か周りに誰もいないことを確認して誰もいないことを確認してからもぐらを拾い上げ、遊歩道の脇の土が柔らかそうなところにもぐらを置いた。
「いや、此処も土の上だし」
どうしようかと周りをキョロキョロしているうちにいつの間にかもぐらの姿はいなくなっていた。
「もぐった?」
安心したような、少し寂しいような気持ちになった。

もぐらは思ったよりも軽くて柔らかい。土をかくために鋭い爪のある前足も痛くない。
飼えるなら飼いたい。
「でも、地上に出ると死んじゃうからなぁ」
「何言ってんの?」
呆れた顔をした友人がこちらを見上げていた。
「もぐらが地上にに出ても餌があれば生きていけるよ。ただ、地上で餌を探せないんだよ」
「餌?」
「ミミズ」
「ほとんど食べっぱなしらしいね。胃袋空っぽになると死んじゃうらしいよ」
「マジ?」
「らしいね」
「ミミズ食べるのかぁ。他のじゃダメかな?」
「イモムシ?虫の幼虫とかも食べるけど、胃袋空っぽにしない量を用意しるのは難しいんじゃない?」
「そうかぁ・・・」
本当に残念だ。

物語ならこの後、もぐらが人間の姿になって恩返しに来るのだが、別に恩返し目当てで助けたわけではない。
ただ初めて見たもぐらに胸を撃ち抜かれた。そんな感じだった。
「もぐら、可愛かったなぁ」
と、ベッドに入ってつぶやいていたら、部屋の窓をコツコツと叩く音がした。
「まさか」
ベッドから出て窓辺に近づいた。
コツコツ…
どうする?カーテンを開ける?
此処は3階だ。窓の外にはベランダもない。
コツコツ…
一気にカーテンを引いた。
「!!」
黒い竜、ドラゴンだった。
夜に窓を開けるには少し寒い季節だが、鍵を解けて、窓を開けた。
「こんばんは。夜分遅くに申し訳ありません」
ドラゴンはとても紳士的だった。
「こんな時間でないと目立ってしまうもので」
体長3mほどのドラゴンは翼を広げてはいるものの、羽ばたくことはない。それでも宙に浮いている。体は黒く、爪だけがベビーピンクだった。
「お察しの通り、昼間助けていただいた土竜です」
お察しの通りだが、やはりポカンと口を開けてしまう。
「もぐらの姿は世を忍ぶ仮の姿。私はご覧の通りの土竜です」
「・・・はい」
これ以上はないという間抜けな顔をしているのだろう。
「ついつい遊びすぎて、夜が明けてしまって、慌てて着地したはいいけどもアスファルトの上。アスファルトやコンクリートだと歩き難くて難儀します」
「・・・そう」
「きちんとお礼がしたくて参った次第です」
土竜は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「いえいえこちらこそ。もぐらに触れるなんて滅多にないことをさせてもらってありがとう」
「何かお礼を」
土竜は言う。
「そんなつもりで拾ったわけではないんだ。でも・・・」
「なんでしょう?」
「キミとのことを忘れたくないから写真を撮らせてくれないか?」
そう。朝からずっと悔いていた。もぐらに遭遇することなんて滅多にないのに、写真の一枚も撮らなかったことを。
「いいですよ。なんならもぐらの姿になりましょう」
土竜が「手を」と言うので、窓の外に右手を出した。
一瞬のうちに土竜の姿が消えて、右手の上に小さくて柔らかいもぐらが現れた。
慌てて部屋の中に戻って、充電器に挿していたスマホを取ると、右手の上のもぐらを撮った。そして、顔の近くにもぐらを寄せて、2ショットで撮った。
もぐらが「窓辺に」と言う。
もう行ってしまうのか、と寂しく思いながら、開けっ放しの窓に寄り、もぐらを乗せた右手を窓の外に出した。
風が起きた。
右手にいたもぐらが消え、目の前に黒い土竜が現れた。
「この姿でも一枚如何です?」
「え?いいの?」
「どうぞ」
土竜の前に立ち、先程とは違った形の2ショット写真を撮った。
写真を確認しながら「もう、これでさよならなのかな?」と問えば、「またどこかでお会いできますよ」と土竜は答えた。
「キミはもぐらにしか姿を変えられないのかい?」
土竜は少し驚いたような顔をした。
「もしも、人の姿になれたら、いつでも此処に来れるのに」
土竜はパチパチと音を立てて瞬きをすると、声を立てて笑った。
「そう言われたらそうですね。練習しておきます」
「うん」
「では、また来ます」
「絶対だよ」
土竜が頷くと、風が吹いた。少し強い風にカーテンが揺れた。
そして、そこには夜の闇だけが残った。
窓を閉めて、カーテンを閉めた。
ふと足元に何か落ちているのを見つけた。
それは黒くて丸い羽だった。

---彼とは友だちになれるような、そんな気がする。