見出し画像

my rule

買い物をするとき、何の売り場から行くか?

「全く意識していない」
「店によって決まっている」
「惣菜売り場しか行ったことがない」
「買わないけれども野菜売り場から」
みんながそう言う中、泰永さんは違った。
「買い物はあらかじめメモして行くから、買う物があるところに行く。生鮮は最後」
「さすが泰永さん」
「いやいや。同居人に仕込まれているだけだ」
泰永さんは所謂パートナーさんと泰永さんのふたりの甥っ子さんという4人で暮らしている。
泰永さんのお姉さんとご主人が事故で亡くなられた。小学生のふたりの子どもを引き取ることになった時、泰永さんの幼馴染のシュヴェルトさんが一緒に子どもたちの面倒を見ることを提案したとのことだった。シュヴェルトさんは自宅で仕事をしているから子どもたちを鍵っ子にしなくてもいいだろう、とのことだった。
シュヴェルトさんのお父さんがドイツ人とのこと。見た目はすっかり西洋人。何度か飲み会の時に泰永さんを迎えに来たシュヴェルトさんにお会いしたことがあるが、とても綺麗な人だった。
そのシュヴェルトさんが買い物メモを作り、無駄のない買い物の仕方を泰永さんに指導しているのは全く想像がつかない。
「それにしても、パートナー制度が改正されてよかったよ」
三嶋さんが言う。三嶋さんは全く意識せずにスーパーを歩く。
「独居老人や、育児放棄などで施設入所の子どもを減らすためにも、共同生活者をパートナーとして資産管理や非常時の意思決定者になってもらった方が絶対にいいよ」
「そういうのを悪用するのも出てくるけどね」
「それはさ、もうどういう制度を作ったって同じことだよ」
泰永さんが言う。
シュヴェルトさんはドイツ国籍。今回の改正で外国籍の人ともパートナー制度が適用できるようになって正式に登録した。
これで子どもたちも泰永さんの養子になることができる。
「どうもこの国は面倒な、だけど決して文章にはなっていない約束事が多くてかなわないよな」
「不文律ってやつ。結構、縛りがキツいんだよね」
皆が頷く。
「スーパーの買い物のルールだって決まっていないけど、俺さ、惣菜コーナーから魚、肉、野菜って歩いていると、知らないおばさんが『逆走』って俺の顔見て言うんだ」
大竹が言う。
「うわぁ、余計なお世話」
「だろう?」
「いや、自分も昨日知らないおばさんに言われたんだ。だからみんなに訊いてみたんだ」
そう言って戸田山さんが食後のコーヒーを6人分頼んだ。
「でもさ、それって不文律というか俺様ルールだよね」
「おばさん?」
「そう。ボクさ、駐車場で矢印が地面に書いてあっても平気で逆走してくる人の神経を疑うよ」
特に買いはしないけれども野菜売り場から歩く室藤が言う。
「公道でなければ、書かれているものを無視しても罰金取られないからね」
「そうそう。そういうところがイヤ」
室藤は本当にいやそうだった。
「ルールは守って当然だけど、ルールじゃないことを押し付けられるのは面白くないよな」
戸田山さんが言う。
コーヒーが運ばれてきた。
ミルクを入れる人、砂糖を入れる人、両方入れる人、何も入れない人。
それぞれが自由に飲む。
誰も他人のコーヒーの飲み方に口を出さない。
スーパーでの買い物も本来ならばこんな感じでいいはずなのに。
そんなことを思いながら、「甘すぎない?」と以前付き合っていた彼女に言われた角砂糖が3つ入ったコーヒーを口に運んだ。
「ここのコーヒーってホント美味しいよね」
大竹の言葉に他の5人が頷いた。