見出し画像

30

「その資格試験を受けるための条件に四年制大学卒とかるの見ると『なんだよそれ?』って思うんだよね」
「わからないでもない」
「就職試験もそうだけどさ。受けるときはあんまり考えないけど、勤めた後、大卒でなきゃいけない意味あるのかな?とか思うことある」
「そういえばオマエ、最初の会社を辞めた理由は?」
「まぁ、所謂ブラックっつーヤツ?休みがないんだよね。でも休日出勤もつかない」
「結構、大手じゃなかったっけ?」
「俺がやめて3ヶ月後に外資に買い取られたけどね」
「あぁ、機械作ってたよね」
「ざっくりだなぁ。俺は営業だったけど」
「でも間違ってないだろう?」
「まあね。そう、作っている方の連中はまだいいんだよ。大学の工学部とか終わった連中で。やはり専門の知識がないとダメなんだよね」
「うん」
「仕事に就いてから学ばなければならないことも多いけど、大学で習ったこと研究していたことがベースになるから、勉強していてよかったと思うことは結構あるらしい」
「高校の勉強じゃダメか?」
「現場に工業高校を終わって勤めたという人は何人かいたけど、技術は身につけるのははやいけど理屈がわからない。いや、わかっているんだろうが、設計開発の連中ほど隅々まで理解していないとか言ってた」
「ふうん」
「営業にも何人か理工学系終わったという人がいてさ。取引先によっては突っ込んだ話が必要だったりするとそういう人が担当になる。要は言葉が通じるか否か?」
「なるほどね。でもさ、どうしたのさ?急に」
「あぁ、チシマ覚えてる?」
「覚えてる。化学実験大好きチシマ」
「アイツさ、食品メーカーに勤めたの覚えてる?」
「知ってる。論文で入ったんじゃなかったっけ?」
「そう言われてるけど、本人は何も言わないんだよね」
「うんうん。で?チシマがどうしたのさ?」
「転職したんだって」
「ヘッドハンティング?」
「いや。なんか勤めていた会社に見切りつけてだって」
「へぇ」
「でさ、地元のスーパーに勤めた」
「幹部候補生?」
「どうだろう?この間、豆腐並べていた」
「へ?」
「パートのおばちゃんに『要領いいね』って褒められてた」
「うん」
「俺たちさ、今年30だろう?」
「そうだな」
「まだ先は長いけど、ここでいきなりハンドルを切る勇気はないな」
「オマエだって転職経験者じゃん」
「俺は25で転職した」
「その転職が起業っているのもなかなか大胆だと思うよ」
「俺、ひとりじゃないし」
「でもよく話に乗ったよな?」
「今になって思うと自分もそう思わなくもないけど、でも今は正解だと思っている」
「よかったよ。上手い方向に転がって」
「おまえにも世話になったよ」
「いやいや、あれは先生のおかげ」
「でもさ、今じゃおまえも税理士先生でさ。マジ、世話になっている」
「いやいや。オマエんとこの社長、オオガワラさんがすごいんだって」
「俺だってオオガワラさんだから話に乗ったんだ。それでグッと話は戻って、オオガワラさん、高卒」
「そうなんだ。でもわかるような気がする」
「あの人、高校もギリギリ卒業なんだよね。自分が担当だった取引先の現場で仕事していたんだ。キツイけど給料いいからって。独学で学生時代からコツコツ作っていたプログラムを売るのを手伝ってくれないか?ってベースになる資金はあるって。あの人1000万貯めてた」
「資本金を自分の金で準備していて少し驚いたんだ」
「今さ、オオガワラさんがもう看板みたいなもんだろう?それでもまだ新しいこと勉強しているし、技術者もわざと外注って形で3人抱えていて、ひとりは院卒だけど他のふたりは高卒。ひとりは通信制終わってる。そういうメンバーがみんな同じ仕事しているんだよね。営業も一緒。看板のオオガワラさんは営業のくくりに入れなくても、俺の他の営業は大学中退。でも全く問題ない」
「求人出してるの?」
「オオガワラさんが見つけてくる。オオガワラさんの人材探しの条件の中には学歴はないんだ」
「チシマの勤めたスーパーでは大卒を求めていたのかな?」
「どうだろう?たださ。大卒の方がその後の人生が生きやすいだろうと思って子どもを大学に行かせた親たちが、社会に出た後の自分ら、子どもたちを見て『自分たちは何をしてきたんだろう?」思わずにいられない時もあるだろうなって」
「それ、うちの親」
「え?だって、おまえ税理士だし」
「弟が学生時代からのバンドを続けたいって。今でもバイトしながらバンドしている。親は30歳までにメジャーになれなければ諦めろ、って言ってるけど。それこそ30歳からでハンドル切ったところでどこへ向かうのか?だよ」
「うん」
「親は27、8で結婚して、子どもを作って。自分たちの定年前には子育てを終えて、これからは余生というかのんびりできる。オレもまだ結婚していないし、弟に至ってはまだ何も軌道に乗っていない。親たちが思い描いていた未来予想図はこんなんじゃなかったんだろうね。会うたびにため息つかれるよ」
「結婚のところは俺も一緒だね」
「30歳なんてなんてことないと思ってたけど、案外デカいね」
「オオガワラさん見ていると大学にいた4年ってデカいなぁ、と思う。目的なしでいたからね、余計思う」
「その4年を費やして得た大卒が意味なくなるっていうのもショックだな」
「うん」
「学歴でも、年齢でもない。何かを目指しているか?ってとこなんだろうね」
「だから、その資格をほしいと思っている人には全てにチャンスを与えるべきだと思うんだ」
「そういや、そういう話だったな」
「うん」