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ダチョウの卵

「昨日予告した通り、今日はダチョウの卵の話するね」

それはしばらくかかっていたアルバム作りの打ち上げ的な集まりだった。
ミュージシャンばかりで集まることは滅多にない。
レコーディングメンバーの親戚がダチョウ農場を営んでいると言って、ダチョウの卵を持ってきた。

「メンバーのお兄さんがやっている店を借り切っての打ち上げで、ある程度自由にできる状況だったけど、ダチョウの卵見て、お兄さんも驚いていたよ」
「デカイの。恐竜の卵かと思ったよ。でね、割れないの。コンコン、なんて可愛い叩き方じゃダメ。トンカチで叩いたよ」

店の奥にある自宅からトンカチを持ってきたが、叩いて「破壊」してしまったら卵はどうなる?というので、卵がすっぽり入る鍋の中に卵を入れ、ひとりが卵を押さえ、トンカチで慎重に叩いた。

「慎重に叩いたけど、それでもトンカチで叩いてもすぐ割れたわけじゃないんだ」

ようやく入った罅付近を重点的に叩いた。

「しばらく叩いてようやく穴が空いたんだ。ニワトリの卵みたいにパカッと割れたイメージ持った人、残念」

穴は卵の上の方に空いた。その直径5cmほどの穴を下にして卵を振ると、中身がスルッと出てきた。

「中身が出た瞬間『うわっ』って、見ていたみんなが低い声で悲鳴を上げたね。うん。とにかく驚いた。白身が少し出た後にいきなり黄身が出てきて、それが5cmの穴からよくこれが割れずに出てきたよって思う黄身のデカさ。穴の倍以上はあったね。でね。残りの白身も出てきたら、卵を入れていた鍋ギリギリなの。殻の中にみっしり詰まってたんだろうね」

「これは…」と思わず店主が声を上げて、ふたまわりほど大きい鍋を用意すると、その中にダチョウの卵の中身を移した。
店長を入れて6人。
「オムレツでいい?」
「いいよ」
「卵の味を味わいたい」
カウンターの向こうの厨房で、店主がオムレツを作り始めた。
まずは卵をかき混ぜる。
「これは…」
店主の声にみんなが一斉に厨房を覗き込む。

「スゴイの。濃いの。普通さ、卵の白身と黄身を混ぜると、黄色が薄くなるでしょ?ま、個体差はあるけど。でもね、ダチョウの卵はいくら混ぜても黄色いの。それにね、卵の香りがスゴイの。匂いも濃いの。みんな『すげぇ』しか言えないの」

さんざん混ぜた卵をオムレツ1個分ずつ分けてから焼くことにした。
プレーンオムレツひとり分は卵2個。
ひとり分を器に取り分けた時点で店主は「いくつ分だよ」と残りの卵を見てため息をついた。

「オムレツ6個作っても、卵液まだ残ってるんだよ。信じられる?」

先に作っていたオードブルと共にオムレツが並んだ。
「知ってるオムレツよりも色が濃い」
「焼けても卵の匂いがする」
トマトソースのかかったオムレツは、あまりにも鮮やかな色をしていた。

「結論から言うと。とにかく濃い。見たまんま、匂いのまんま。味も濃い。不味くはないよ。フワッとしていて食感は最高。だけど卵の黄身だけの卵焼き、オムレツを食べているみたいで、みんなトマトソースの追い掛けが半端ないの。トマトソースがさぁ、お兄さんの手作りトマトソースがこれまた美味しいのよ。さっぱりしていて。あのソースがなかったら完食無理。美味しいのよ。でも、ホント、濃いの」

食べ終わった瞬間、みんなが無口になった。
「ペリエ、飲む?」
店主がいう。
食べている間も飲んではいたが、誰もが「いただきます」と空になったグラスを手にした。

「その後、お兄さんが余った卵でプリンを作ってくれていたんだ。これも美味しいの。ちょっと苦めのカラメルが大人の味って感じで。でもね、牛乳入れても、お砂糖入っていても、やっぱり卵の味が勝ってた。うん。色もかなり黄色だった」

ダチョウの卵の殻は店主に進呈された。
店主は穴をきれいに整えて、倒れないように卵を支える台を作り、花瓶として使っている。

「ダチョウの卵を美味しく食べるレシピは募集しません。絶対、自分で作らないと思う。ひとりであの卵食べるとなったら何日かかる?だって続けて食べられないよ。でもね、一度経験してみてもいいと思うよ。あの味は」

ダチョウの卵を持ってきたメンバーが「次回は、ダチョウのお肉にしますね」とプリンを食べながら言うと、「先にこっちに回してもらえたら料理考えておくよ」と店主が笑った。

「というわけで、ダチョウのお肉を食べるべく、次のアルバムの制作を始めなくてはなりません。え?今作ったアルバムの発売日?あれ?言ってなかった?今月の21日金曜日にダウンロード開始です。アルバムのタイトルも言ってなかったよね?違うよ。ダチョウの卵じゃないよ…」
「今日はこの曲を聴きながらお別れです。なんかダチョウの卵を食べながら、そういえば昔ダチョウの歌を作ったことあったなぁ、と思い出したんですよ。覚えている人いるかなぁ。かなり昔の曲。『follow an ostrich policy』。んー、自分も若かったなぁ。じゃあ、また」

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