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【47 鳥獣戯画】#100のシリーズ

義母へのプレゼント。
自分の母親にも子どもの頃に母の日のプレゼントを渡したきり。
正直自分の両親の誕生日も知らない。
僕の家はそんな家庭・家族だった。
さすがにふたつ上の姉の誕生日は覚えている。
姉は自己顕示欲の塊のような人だ。だけど、家では誕生日だからといって何をするわけでもない。おそらく、他所の話を聞いて、家とのギャップからなのだろう。姉は何かと他人に自分を認めてもらおう、褒めてもらおうとする人だった。
でもそれは良い方向に昇華され、今では知らない人がいないという女優になり、日本を出て世界で活躍している。
だけど、そんな姉のことも両親は自慢するわけでもなく、お互い自分の生活を送ることでいっぱいという状態だった。
中学を卒業すると同時に家を出た姉に倣ってというわけではないが、自分も高校は他県の高校に入った。
大学にもそのまま入れるその学校の推薦を受けることができたのは、当時の担任のおかげだった。
僕の家のことを心配していた担任は、両親が高校に進学させることに興味がないのではないかと懸念し、推薦の手続きをしてくれたのだ。
幸いというべきか成績は悪くなかったし、所属していた科学部でロボコン全国大会で上位入賞していたことも推薦に値するとされた。
おかげで学費免除で高校に入学。大学も入学金免除の他、金銭的負担はほとんどなく済んだ。
高校生の頃も長期休暇で寮が閉まるとき以外は実家に戻らなかったが、大学に入ってからは実家には帰ることはなかった。
大学時代に知り合った彼女と25歳で結婚した。
婿養子に入った。
その際、両親と姉に連絡はしたが、姉から「おめでとう」の返信があり、後日、お祝いが送られてきたが、両親からは何もなかった。
それから半年。
義母の誕生日パーティをするという。
歩いて3分のところに住む彼女の両親と彼女の妹。
割と頻繁に食事に誘われる。
義母は僕を「スグル君」と呼ぶ。無口な義父も「スグル君」と呼ぶ。
学校でも会社でも、いつも苗字で呼ばれてきた。
結婚後その苗字が変わったが、思ったよりもすぐに慣れた。
「スグル君」
彼女以外にそう呼ばれると、なんだか妙に落ち着かない。
僕は家でどう呼ばれていただろう?
姉は「スグル」と呼んでいたが、両親が僕をどう呼んでいたか覚えていない。
「かあさんは可愛いものが好きなの。動物モチーフものとか好きなの」
「動物モチーフ?」
そういえば、キーホルダーにもネコがついていたのを思い出す。
「で、選んだのがこれ?渋いね」
妻が言う。
鳥獣戯画の絵柄のトートバッグとノートカバー。義母は図書館で行われている古文解読の教室に通っている。
義父の税理士事務所の手伝いをしながら趣味も持ち、子育てが終わった今は何だか楽しそうだと妻は言う。義父も趣味のバイク仲間と休みの日は出掛け行く。ふたりだけで完結していた自分の両親とは全く違う。
「そう言うキミは何を選んだんだ」
「私は、チホと一緒に老眼鏡を作ってあげることにしているの」
「お義母さんに老眼鏡なんて言うなよ。リーディンググラスと言わなくちゃ」
「スグル君は優しいなぁ」
妻は愉快そうに笑った。
「今まで目が良かったから、なんだか見えにくくなったのがショックみたいなのよね」
誕生日当日に義父からのプレゼントと、僕からのプレゼントを受け取って義母は嬉しそうにしていた。
義父からのプレゼントは万年筆だった。
軸にうさぎが見えた。
「うさぎ年生まれだから?」と義母は言う。
そして僕のプレゼントを見て、「あら可愛い」と目を細めた。
「図書館に通うのにちょうどいいわ」
そのつもりだったので嬉しかった。
「スグル君もうさぎ?トオルくんとふたり似てるわ」
愉快そうに笑う。トオルとは義父の名だ。
「話し合ったわけじゃないのよね」
「えぇ」
と僕が頷き、義父もコクコクと頷いた。
僕らを見て義母はまた笑う。それを見て妻と義妹も笑う。
彼女たちの笑顔はとてもよく似ていた。
ふと義父と目が合った。
義父が目を細める。
僕も笑った。
家族の誕生日を祝うというのはこういうことなのだ。そう思った。


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