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summer time

Summertime and living is easy
Fish are jumping
And the cotton is high
Oh your daddy's rich
And your ma is good looking
So hush little baby
Don't you cry

少しだけ掠れた優しい声。

summer  time

日々の暮らしに悩みを持たないなんてそんな夏の日はあっただろうか?
子どもには子どもの不安があった。
「だから泣かないでおやすみ、なんだよ」
優しい母と頼りになる父。そんなものを持ったことはない。
伴奏はピアノだけ。誰かが歌っている。
summer time

夏生まれの自分の誕生日にかこつけて、久しぶりにあった友人らとオープンカフェで酒を飲んでいた。
「本当に両親のこと知らないんだ」
酒の勢いでそれまでタブー視されていた話題を誰からともなく話していた。
「写真も見たことない」
と言い切ったあと、「訂正する。母の若い頃の写真は一度見たことがある」

自分の祖母の葬式の日だった。
大きな屋敷での葬式だった。
当時5歳だった自分は屋敷で迷った。
祖母らと一緒に暮らしていた2歳下の従弟の青藍も一緒だったが、彼も屋敷の全てを知っているわけではなかったのか、それとも一緒に次々とドアを開けていくのが楽しかったのかわからない。
あるドアを開けたら、青藍が「ママ」と言った。
「ママ?」
頷くと部屋の中を覗いて「マ〜マ」と呼び掛けた。
でも部屋には誰もいなかった。
それでも青藍が中に入るので自分もついていくと、ベッドサイドに写真立てがあった。写真立てにはふたりの同じ顔をした若い女性が写っていた。青藍は向かって左の女性を指さして「ママ」と言った。
「こっちは誰?」
青藍は小首を傾げる。
「しらない」
同じ顔なのに「知らない」と言うのがおかしかった。
部屋を出て、本来目指している自分らが泊まっている客間に行くのを諦め、青藍の部屋で遊んでいると祖父が迎えにきた。
青藍の母親の部屋に行ったこと。母親はいなかったが写真を見たこと。
「青藍、面白いんだよ。ママとおんなじ顔をした人が写っていたのに、その人を知らないって言うんだ」
祖父は少しだけ驚いた顔をした。
「どこが違うか全然わからないのに何度聞いても左に写っていたのが青藍のママだって言うんだ」
祖父は何か考えているようだった。
自分は話すのをやめて、祖父の顔を見た。
「蒼月。青藍とは従兄弟同士だと教えているだろう?」
「うん」
「青藍の母親と一緒に写っていたのがおまえの母親だ」
「え?」
驚いた。としか言いようがなかった。
自分の母は自分を産んですぐに亡くなったと聞いていた。ならば2歳下の青藍が会ったことがなくて当然だ。
その後、青藍も母親を亡くした。写真は全て祖母の姉、大伯母が始末したようでそのあとは見ることもなかった。

「お父さんは?」
「詮索好きだね」
「いや、だって。どうしておまえ、お祖父さんに引き取られたんだ?」
「最初から父親はいなかった…ようだ」
父親に関しては祖父も何も言わない。
祖母が離婚した相手である祖父になぜ自分の養育を頼んだのか?
「三日月の家に跡取りがいないのはまずいだろうと祖母は言ったらしい」
自分の母は祖父の娘というわけではないらしい。らしいというのは、祖父母の離婚した年から随分後に母親たちが生まれているからだ。
「お祖父さんはそれで納得したのかい?」
「どうだろう?ただ、祖父から直接聞いたわけではないが、祖父は祖母とは別れたくなかったらしい」
祖父の甥にあたる人物から聞いた話だった。離婚を言い張る祖母に根負けして離婚を承諾したとのことだ。
「離婚の理由は?」
「ふたりの間に子どもができなかったこと…だそうだ」
その話はそこで終わった。
「それにしても」と気がついた。自分の父親などいなくて当然。ずっとそう思っていたことに今更のように驚いた。

側から見れば裕福な家庭で何ひとつ心配や苦労も知らずに生きているように見えるかもしれない。
でも、自分の居場所はここにしかないと知った子どもは、その居場所を失わないように一生懸命だった。
飛び級で大学に進学した時、祖父が「頑張るなとは言わない。だけど、無理はするな」と言った。
その頃はすでに、青藍も一緒に暮らしていた。
なぜか、自分は青藍を守り支えるのは自分しかいない。そう思っていた。
自分の居場所を守り続けることは、青藍の居場所も守ることにもなる。
そう思うと、多少の無理はかまわなかった。

One of these morning
You going to rise up singing
Then you'll spread your wings
And you'll take the sky
But till that morning
There's a nothing can harm you
With daddy and mamy standing by

summer time
歌声は繰り返す。

写真を見つけたあの日も夏だった。
その日の夜、黒い喪服を脱いで、白いワンピースに着替えていた青藍の母親が屋敷のバルコニーから落ちて死んだ。
バルコニーの手摺りにすがって「ママ、ママ」と泣き続ける青藍の姿は忘れられない。
幼い青藍は、あれを母の死だと理解して泣いていたのだろうか?
5歳の自分には何が起きたのかわからなかった。
ただ泣いている青藍を遠巻きで見ていた大人たちを憎く思った。
階下にいた祖父が急いでやってきて、青藍を手摺りから離すまで、自分は青藍を抱きしめながら、大人たちを睨んでいた。

summer time
それは呪いのように繰り返される。

ひょっとして自分の母も青藍の母のようにして亡くなったのか?
「違うよ。流行り病さ。それまでになかったウィルスでね。薬がなかったんだ」
そう言ったのは、青藍の主治医である祖父の甥だった。
「本当に?」
「本当さ。夏だった。感染した彼女は屋敷内で隔離して、その頃、キミのお祖母様たちの主治医だった方が診ていたが、その方も感染して亡くなったんだ」
世界中で猛威を振るったウィルスは半年ほどで嘘のように治ったという。
「僕の知り合いはいまだにそのウィルスを研究しているよ」
彼の言うことが事実だと確信できたのは大人になってからだった。

歌が止んだ。

summer time
そして今年も夏が来た。