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笑う暗殺者

「やれやれ」
目の前の惨憺たる状況を見てFは手にしていた銃をホルダーに戻した。
「遅かったなぁ」
部屋の真ん中に立つ男がこちらを向く。
「一応、確認を取らなくてはならないんだが」
「カメラに収めている」
Fの言葉に車内の隅にあるカメラを指してRは笑う。
左右の眼の色が違うのは、左眼が義眼だからだ。
『清掃人』になる前からすでに義眼だったが、今の眼は暗視スコープの役割も果たすもので、明るいところでは瞳の色が違って見える。
2両編成の無人列車の中で生きているのはFとRのふたりだけだった。
予め列車に乗り込んでいたRは予定通りの駅から乗った者全員を殺した。
列車は貸切だった。
だから、一般客で巻き添えになったものはいない。
ただ、予定にはなかった数名もRは射殺した。
「どうせみんなイカれちまってるんだよ」
「お前もな」ぼそりとFが言う。
その言葉はRの耳に届かないことはない。
しかし、Rは無反応だ。
ターゲットは新興宗教団体の幹部たち8名。しかし、どう見ても死体の数が多い。殺害現場を目撃されてはどの道なんらかの手筈が取られていただろう。
先の駅で2両目に乗り込んだFと合流してからの任務遂行だったにも関わらず、Fが列車に乗り込む前に全ては終わっていたようだった。
主要幹部を失った教団の解体は『清掃人』の仕事ではない。本部が置かれている国の警察のやる仕事だ。
あくまでも幹部らは不幸な事故で亡くなってもらわなくてはならない。神のご加護は届かなかったのだ。
「この先の岬で、列車を落とす」
Fは言うと、倒れている死体の間をぬって運転部に移動した。
死体は全てヘッドショット一撃。消音器を着けていたとしたら、何人が自分が撃たれたことに気がついただろう。そんなことをFは思った。
右耳の通信機から指示が聞こえる。
こちらの運転プログラムを書き換えと、本部からの進路プログラムの変更。
落下地点到達まであと17分。
FはチラリとRの様子を伺った。
「珍しい」
大人しく座席に座っている。
窓の外を見ているようだった。
人を殺した前後は興奮してその場を彷徨くのが常だ。
「こちらはプログラム書き換え完了です」
Fは運転部を後にした。
「脱出は12分後」
Rは了解というように右手を挙げた。
「どうした?」F は思わず訊いた。
Rは倒れているひとりの男を見ていた。
男はリストにはない顔だった。Rによってついで・・・に殺された男だ。
Fは顔写真を送り照会をかける。
リストにあった教団幹部の男妾であると返ってきた。
その情報はRも同時に共有していた。Rがチッと舌打ちをした。
「兄だ」Rは言った。
「え?」
「腹違いってヤツだ。俺も兄も妾の子だ」
Rの兄弟姉妹は本妻の子どもふたり以外は、みんな母親が違っているという話を聞いたのはいつだったろう?兄妹姉妹と呼べるのは10人を超えているといつか話していたのをFは思い出していた。全ての子どもは、母親が育てる。金は父親が送ってくれる。年に一度か二度、父親が訪ねてくる。
「子どもの使い道が見えてくると、本宅に連れていくんだ」
Rはその前に家出をしたと言っていた。
「俺が銃を向けた時、笑ったんだ。だから、俺も笑ってやった」
それは一瞬のことだったろうとFは思った。
「どうする?」Fは訊ねる。
「他の連中と一緒に落としていいか?」
自分達ふたりなら、兄の死体を抱えての脱出も不可能ではない。
「あぁ。構わない」Rは言う。
「最後まで好きなヤツと一緒がいいだろう」
額の穴が飾りに見えるほど、Rの兄は綺麗な顔をしていた。そして、Rに向けたであろう笑みが残った顔をしていた。
Rはゆっくり立ち上がった。Fと共に後部車両に移動する。
特別列車ゆえ、駅を通過しても誰も気にしない。
駅構内はわずかに減速する。
Fは手元の端末でドアを開ける。
駅を出て加速する寸前に、FとRは列車から飛び降りた。
『清掃人』しかもFもRも『現場作業員』である。これぐらいのことはなんてことない。ふたりは線路脇に停めていた車に乗り込んだ。
その5分後には、列車は崖から海に落ちていく。
全てはドローンと、車内のカメラが映している。
崖の見えるところまで車で移動する。
「多分、俺はこうやって兄弟たちを殺していくんだろうと思っていたけど」
助手席のRが口を開いた。
「まさか、あいつを一番先に殺るとはな」
Fは一瞬、Rが泣いているのではないか?と思った。
ミラーに映るRは口元を少し上げ、笑っていた。
左眼が日の光を受けて白っぽく光る。
車を停める。
列車が崖の上から落ちていくのが見えた。
後部車両が、崖の側面に当たったようだ。
瞬間、列車は爆発した。
「帰ろうぜ」Rが言う。
「俺たちの仕事はここまでだ」そう言ってRはニヤリと笑った。