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ニッポン人

「あれ?ソメヤは?」
「羊の毛を確認する時間だって」
「今度は羊?絹糸を完成させてまだ間がないだろう?」
「同時進行していたらしいよ。ただ、羊は『より自然に近いもの』をクライアントがご希望されてね」
「やれやれ。何様のつもりなんだろうね?」
「まぁ、クライアントはスポンサーでもあるからね」
「ニッポン人は凝り性だからね。あんな面倒な注文にも応えようとするんだよ」
「凝り性?プライドかもね。できないと言いたくない」
「どっちにしてもすごいよ」
「それは認める」

他人の目は気になるが大変な努力家で、発想力・創造力も豊かだと言われるニッポン人の技術者たちが、先日発表したのは、カイコ蛾を飼わずとも絹糸を作り出す技術、いやロボットと呼んでもいいかもしれない。
カイコ蛾が繭を作るために吐き出す「絹糸」を延々と吐き出すことのできる装置を作った。そのためにはカイコ蛾の体の仕組みが徹底的に研究された。
カイコ蛾が蛹になるために必要な条件を備えた環境と、カイコ蛾のDNA情報を組み込んだ人工細胞によって作り出された擬似カイコ。栄養摂取は電気信号によってもたらされる、栄養が十分に与えられているという錯覚。
それでいて擬似カイコは生きているカイコと同じ、いやそれ以上の絹糸を吐き出す。

ならば羊毛や羽毛も作れるのではないか?
動物愛護団体が言い出した。
カイコは今世紀に入り養蚕家も減り、自然界においても数を減らす一方だった。
しかし、羊や鳥は前世紀からの動物愛護団体の活動もあり、自然淘汰されていくもの以外は数は横ばいである。むしろ利用されないまま数が増えているものもあった。
その代表が羊だった。
定期的に毛を刈ることすら、「虐待」と言い出した一部の団体が「毛を刈る必要のない野生種のみ残せばいい」と言い出したことから、各動物愛護団体の意見が割れ、食肉用はもちろん羊毛を取るために羊を飼っていた人々も、余計な争いに巻き込まれるのはごめんと羊を増やすことをやめ、天然素材としての羊毛は今や貴重品となっている。
化学繊維も脱炭素を謳う環境保護団体によって排斥され、今は新たな素材を模索中であった。
その中で、擬似カイコなるものが登場した。
ソメヤも擬似カイコ開発メンバーのひとりだった。
そして今、古のSF小説よろしく「電気羊」が生まれようとしている。
電気羊は見た目はまったく羊ではない。羊の体毛を発生させる毛穴、皮膚などの細胞を人工的に培養しひたすら羊毛を生やし、伸ばすことだけのモノであり、本来ならば餌を喰み得る栄養も擬似カイコ同様、電気信号で錯覚させるというものだった。

「実験はうまくいっているようだね」
「一昨日、初めて毛を刈ったらしい」
「ほう。それはすごいな」
「見学に来ていた羊を守る会のメンバーが『綺麗すぎて本物の羊の毛っぽくない』と言っていたとか」
「何だそりゃ?」
「羊の毛は刈ったばかりの時はもっと脂っぽいとかいろいろ文句を言っていたらしい」
「仕方ないだろう?毛は出ても脂は出ない。求められているのは毛だからね」
「そうなんだけどさ。ニッポン人たちはその辺も挑戦するらしいよ」
「真面目というか、執念深いというかだね」
「でも、その脂って結局洗って落とすんだろう?意味あるのかね」
「さあね」
「生物に優しく、環境に優しくがモットーなはずなんだけど、彼らの生物の中にはどうやらニッポン人は含まれていないようだよね」
「まったくだ」

擬似カイコも電気羊も今はニッポン人たちが管理している。
商業ベースに乗る頃には、それらを管理するのはニッポン人を真似たアンドロイドになるんじゃないだろうか?そんなことを思っている。
自分達を模したアンドロイドすらニッポン人は本当に作りそうだ。そうしたら彼らは次はどこへ向かうのだろう。
「ニッポン人を保護する会でも立ち上げる?」
「なんか『謹んでお断り致します』って言われそうだ」
今はとりあえずソメヤの帰りを待つだけだった。