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【雨を聴く】#シロクマ文芸部

「雨を聴くんですか?」
「そう。何を話しているのか?少しだけ気持ちを雨に向けるんだ」
他の人間がこんなことを口にしたら「はぁ?」と怪訝そうな顔をしてやるが、目の前の詩人にはそんなことはできない。
詩人であり、作詞家でもある藤生彌生ふじいやよいのインタビュー。彌生という名から女性と間違われるが藤生は男性。なかなかメディアに出ないのが勿体無いルックスの良さも兼ね備えている。
藤生の詩が国際的な賞を取った。
所謂「ボカロP」として、ネットでその歌が話題になった。
独特な言葉選びは一度その歌を聞くとメロディよりも歌詞が頭に残ると言われ、また、普段自分たちがうまく言葉にできない思いを的確に表現していると、さまざまな世代から注目されていた。有名な歌手が彼のボカロ曲をカヴァーした。それが空前のヒットとなり、藤生の歌を歌いたいという歌手が次々と現れ、気がつけば藤生彌生はソングライターとして揺るぎない地位を手に入れていた。
作曲もするが、「自分の作った曲よりも、他人の作ったメロディに自分の言葉が乗るのを見る・・のが楽しい」と、もっぱら歌詞の提供をする。
そんな藤生彌生の元来の肩書きは詩人である。
「こんな大きな賞をいただいたのは、最初の詩以来ですよ」
インタビューの最初に藤生は本当に嬉しそうに言った。
高校生だった藤生が夏休みの宿題で書いた詩を、彼の担任がとある賞に応募したところ、最優秀を取った。それが、藤生が詩人になるきっかけだった。
藤生彌生の詩は万人受けするものではない。そう思っている。
歌の歌詞はあんなにも聞き手の心に染み込むのに、詩は読み手を選ぶ。
本人もそれを十分理解している。
「趣味のボカロ遊びがいつしか食うための・・・・・手段になった」と作詞家としての自分を卑下した言い方をする反面「詩人としての僕が本来の僕だとするならば、ある意味社会不適合者な訳で。でもこうして一人前の生活を営むことができるのは、作詞家としての僕のおかげだよ」とも言う。
「詩人の僕が好きな詩を書けるのも、作詞家の僕のおかげというか…」
「まるで藤生さんがふたりいるかのようですね?」
そう言うと、藤生はキョトンとした表情でこちらを見た。
「え?そうじゃないの?あなたはいつもひとりなの?」
何を言っているのだろう?
一瞬の沈黙の後、藤生彌生は「あぁ」と言って少し笑った。
「そうだね。例えばダイエット中に大好きなお菓子をもらったとする。食べたい自分と自制する自分がその時現れる」
「あ、あります。わかります」
藤生はフフフと笑った。
「悪いね。僕の中で、作詞家の僕と詩人の僕はそれくらい違うんだ」
そう言った。
「詩人の僕は雨が好きでね。雨の言葉を聞き取る。そしてそれを詩にする。変わっているだろう?」
また不思議なことを言い出した。
「雨の言葉?」
「そう。だから雨の日は、詩人の僕がイニシアティブをとる」
藤生は細く長い脚を組みかえる。
「雨が降ると何よりもまず雨を聴く」
「雨を聴くんですか?」
「そう。何を話しているのか?少しだけ気持ちを雨に向けるんだ」
藤生は両肘を椅子の肘掛けに置き、胸の辺りで組んでいた手を解く。そして両手をそれぞれ耳に当てて目を閉じ、何かを聞くそぶりを見せる。
「雨は、その日によって全く違うことを話す」
パッと目を開くと、手を下ろす。
「雨音っていつもおんなじ音ではないだろう?」
「まぁ、そうですね」
雨の強さだったり風向きで音が違うと言うと、藤生は「それそれ。そんな感じ」と言った。
「その中に潜む言葉をね。詩人の僕は聴き取るんだ」
「あの詩もそうやって書いたのですか?」
「すべてが雨の言葉じゃないけどね」
藤生はいたずらがバレた子どものように早口で答えた。
「歌詞の方は雨の言葉じゃないんですか?」
藤生は「時には拝借することもあるけど、違うね」と答えた。
「今日が雨だったらよかったのにね」
藤生が窓の方を向いて言った。
「雨の言葉をどうやって聴くのか?見た方がはやかったよね」
そう言われて、確かにそうだと思った。
窓の外は雲ひとつないいい天気だ。
「でもね。雨だけじゃないだ。いろんなモノがいろんな言葉を語っている。詩人の僕はそういった言葉を集めて詩を書いているんだ」
藤生は言う。
「はぁ」
藤生はクスクス笑って「記事にしづらいよね。仕切り直そうか」と言った。
その言葉を聞きながら、これは作詞家の藤生彌生だと思う自分がいた。
「いえ。このままで大丈夫です」
「そう。悪いね」
藤生彌生はそう言って、また脚を組みなおした。