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0.01の世界

「おまえさ、いつから眼鏡掛けてるの?」
「小3の二学期」
「そんな前から?」
「うん。就学前健診の時にすでに0.7とかだったって」
「おやまぁ」
「小さい頃に飲んでいた薬の副作用かもって話」
「薬害?」
「まぁ、昔はそういうこと言われてなかったけどね」
「今は?視力は?」
「0.01」
「へ?」
「高3の時から0.01。眼鏡外したら明日も見えない」
「0.01の世界ってどんなん?」
「俺の場合、乱視の要素が強いから、単純に近視の0.01の人とは違うかもしれないけれども、昔のドラマで気を失っていた人が気づいた時に最初視界がぼやけているというか画面がぼやける演出するっしょ?あれ」
「ウソ?何が何だかわからないじゃん」
「うん」
「すげえわ」
「おまえは?」
「両眼とも1.5」
「すげえ。俺さ、眼鏡作る時に1.0に合わせるんよ。でも、出来上がってくると大抵0.9までしか見えない」
「それでいいの?」
「どうなんだろう?でも十充分見えているからね。多分俺1.5とかの世界知らないと思うわ」
「それもなぁ。なんか切ないっつーか」
「おまえだってさ0.01の世界を知らないわけだからお互い様」
「そういうもんかなぁ?」
「そういうもんだよ。あのさ、昔初めて眼鏡をかけた時にさ」
「うん」
「世界っていうかモノって小さくなって見えなくなるんだ、って初めて知った感じだったね」
「え?」
「俺にとっての見える見えないの境界線は、はっきり見えるかぼやけて見えないかだったから」
「へぇ‥ぼやけて見えない」
「想像できない?」
「うん。難しい」
「まぁ、0.1見えてたら日常生活には苦労しないけど。さすがに0.1きっちゃうと厳しい。段差もわからないからね。遠近感がない」
「げっ、マジ?」
「マジ。みんなぼやけているから。スケッチできないし。どこに焦点合わせていいのかわからないから、車酔いした気分になる」
「おまえ、乗り物酔いしないじゃん」
「遊園地のコーヒーカップ以外はね」
「眼鏡を外すといつでもコーヒーカップに乗った気分が味わえるなんて安上がりじゃん」
「遠慮しとくよ」
「すげえな0.01の世界」
「まぁね。あんまりいいことないけど」
「あんまり、っていいことある?」
「見たくないモノは眼鏡外せば見えないだろう?」
「でも、酔っちゃうんだろう?」
「まぁね。だけど『ごめん、気がつかなかった。眼鏡最近合ってないみたいでさ』で誤魔化されるんだよね」
「なにそれ?」
「道の向こうから手を振っているのをシカトした時のセリフ」
「うわぁ…悪いヤツぅ」
「ふっ。よく言うでしょ、腹黒眼鏡って」
「え?そういう意味?」
「さぁ?どうなんだろうねぇ?」