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【67 ダンゴムシ】#100のシリーズ

「ダンゴムシは平気だけどワラジムシはダメだ」
唐突に運転席に座る相方が話し出した。
ダンゴムシは頭に浮かんだがワラジムシってどんなのだっけ?
「ワラジムシ?」聞き返せば「ゾウリムシ?」と相方もこちらに疑問形で返す。
「・・・」
「・・・」
しばしの沈黙の後、思い出した。地元では「ベンジョムシ」と呼ばれていたヤツ。だけど便所で見たことなど一度もない。
「わかるような気がする。あの集団でいるの嫌だよな。あと、ダンゴムシに比べてウエットな感じとか。あと、平べったい」そこまで一気に言うと、相方がこちらをじっと見ているのに気がついた。
「・・・そう。全くその通り」
「グソクムシが可愛いって言われるけど、フナムシが言われないのと一緒だよな」
ワラジムシやフナムシに同情する。そんなことを思った。
「で?なんでダンゴムシ?」
張り込み中の会話ではない。そう思った。
相方は時々よくわからない話をする。
理解できない話ではない。
なぜ?今なのだ?という話だ。
取り調べの調書を仕上げている最中に、「牛乳は瓶かコップで飲みたい。ストローで吸い上げるのは邪道だ」と言い出したこともあった。
今だって、営利誘拐の身代金の受け渡しの指定場所の見える場所での張り込み待機中だ。どこにダンゴムシの要素があるのかわからない。
ただ、それが、相方なりの緊張のほぐし方なのだろうと思って話には付き合う。
覚悟はしていたが、刑事になって、時間は不規則だし、仕事での話以外は会話もない。こういうくだらない話は確かに息抜きにはなる。
「子どもの頃。ダンゴムシは逃げ足が遅いから丸くなって身を守っているんだ。って言うヤツがいて、丸くならないワラジムシは逃げ足が速いって」
確かにそうかもしれない。
「ダンゴムシってカルシウムを摂るためにコンクリートも食べるって。知ってた?」
「へぇ。ダンゴムシも」
「え?他にも」
相方は普通に驚いているようだった。
「カタツムリもコンクリートを食べるらしいよ。口でシャリシャリ削って食べるとか」
「マジ?」
相方はこっちを見て言う。
自分は前を見たまま頷いた。
今回、犯人はこちらを振り回して楽しんでいるようだった。
誘拐された会社社長は無事なようで、指示は動画で会社社長が伝えてくる。
目の前のカンペを読まされている社長の動画が社長個人のアカウントから会社公式のアカウントに送られてくる。
あとはテキストでにメッセージが、やはり社長のアカウントから送られてくる。
それが突拍子もない指示だったりすることがある。
張り込み中にダンゴムシの話をするのと同等の奇妙さのある内容だった。
犯人が指定した時刻まであと10分を切った。
本部からの連絡はない。
だけど相手が普通にここに現れるとは思っていない。
それでも一旦はダンゴムシらに別れを告げる必要がある。
「そろそろかな」と口にする。
相方が顔を正面に向ける。
緊張感がこの場に満ちた。


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