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【赤い傘】#シロクマ文芸部

「赤い傘の女?」
「そう。怪談というか都市伝説というか」
「ネットとかで流行っているのか?」
「いいや。ここいらの地域限定」
「そういうのってホントっぽいから嫌だな」
「なにビビっているの?苦手?怖い話」
「嘘だとわかりきっているのはいいけど」
「これだって噂だよ?」
「でもこの辺限定だろう?」
「全国的に見れば似たような話があるんじゃね?」

それは夜の踏切で女が立っているという話だった。

「雨の夜。赤い傘をさした女が立っているんだそうだ」
「どこの踏切?」
「××の。古いアパートのすぐ脇の」
「あぁ、あそこ」

アパートの住人が最初に気がついたのは去年の5月の末頃だった。
その日は夕方から雨だった。
昼間暑かったせいか、妙に蒸す夜だった。
男の一人暮らし。古いアパートにはエアコンはない。
窓を開けたところで外は雨。湿度は変わらない。2階の角部屋の住人はそれでも少しだけと窓を開けた。
女が立っていた。
赤い傘をさした女は踏切前で立っている。
こちらに背を向けて立っている。
遮断機が降りているわけでもないのに、踏切を渡らずに、雨の中、女は立っている。

「誰かを待っているのか?と思ったらしい。でも、こんなところで?・・・・・・・・と思ったらしい」
「どういう意味?」
「あの辺りって、踏切近くの古いアパート以外、夜は人がいない。アパートの裏手に工業高校があるだろう?校舎と体育館と校庭。野球グランド」
「踏切の反対側もなんの工場だっけ?工場だよね。24時間稼働じゃなかったはず」
「時間も下りの最終の行ったすぐあとだったらしい」

赤い傘をさすような若い女がいる時間じゃない。アパートの住人は思った。
誰かを待つのならもう少し先にある駅で待ったほうがいい。雨に濡れずに済む。
それにしても、赤い傘が随分と目立つ。
他所ではLEDに変わった外灯もここはまだ薄らぼんやりとした光を放っている。
アパートの住人もいつまでもそうやって佇む女を見ているわけにもいかず、窓辺を離れた。

「で?」
「何?」
「それでおしまいじゃないんだろう?」

翌日。アパートの住人は昨日の女を思い出した。
今夜は雨は降っていない。
だけど、昨日と同じ頃に窓から外を見た。
踏切には誰もいない。

「昨日、たまたま、そこにいたのだ。住人は思った」

数日後のことだった。
その日は朝から雨だった。
アパートの住人は仕事の帰りに買った弁当を食べていた。
窓の外。雨の音がする。
赤い傘の女を思い出す。
食事を中断して外を見る。
踏切には誰もいない。
壁の時計で時刻を確認する。
まだ早い。確か下りの最終の頃。
1時間に上りと下りそれぞれが一本ずつしかないローカル線。
最終までにはあと2時間ほどある。
住人は食事を済ませるとシャワーを浴び、控えめのボリュームで音楽を掛け、本を読み始めた。
壁が薄いわけではない。
ただ、隣の住人は年寄りで夜が早いのを知っていた。
築年数と線路の近くということで家賃が安い。
住人は職場が近いのもあってそこが気に入っていた。

「工業高校の事務員だ」
「え?俺の従兄、専科の講師してる」
「じゃあ、知ってるかもな。この話」

下りの最終が行った。
住人は窓から外を見た。
女がいた。
赤い傘をさして踏切前で立っている。
先日と全く同じだった。
待ち合わせには遅い時間。
先日は夕方からの雨で、傘を持たずに出た誰かを迎えに来ていたのかとも思ったが、今日は朝から続く雨。わざわざ迎えに来る理由も思いつかない。
と、その時、赤い傘の女が振り向きそうな気配を見せた。
住人は慌てて、覗くのをやめた。

「だけどやはり気になる。だからそっと、カーテンの隙間から外を覗いた。だけど、そこにはもう女はいなかった」
「立ち去っただけとか」
「踏切周辺に人影はなかった」

翌日も雨だった。
住人は騒つく気持ちを抑えながら、ひとり部屋で時間が過ぎるのを待った。
下りの最終が通ったあと、住人はカーテンの隙間から外を覗いた。
するとそこにはやはり赤い傘の女がいた。
だけど、女はこれまでと違い、こちらを向いて立っていた。
赤い傘で顔は見えない。

「こっちを向いて立っているのを見て、あっと声をあげそうになった」
「うん」
「その瞬間、赤い傘が動きこちらを見上げそうになったのを見て、住人は窓から離れた」
「でも、また覗いちゃう?」
「いや・・・」

誰かが入り口のドアをノックする。
住人はハッとして、だけど足音を立てずにそちらに向かった。
明かりをつけずにそっとドアの覗き穴から外を見た。

「まさか…」
「そう。赤い傘が見えた。入り口前には屋根があるのに赤い傘は開いていて顔は見えない」

ドアノブが外から回された。
住人は内側から鍵を掛けていたことに安堵しながらも、ドアノブが回るのを見ていた。
何度かドアノブが回って、そして、ふと気配が消えた。

「住人が再び覗き穴から外を見たが、誰もいなかった」
「・・・それでおしまい?」
「まぁ、そうだな。その住人が何度か雨の夜に同じようにドアノブを回されるのと、赤い傘をさしたまま2階に上がって行く女が目撃されたので、おしまい」
「その住人は無事なんだよね?」
「うーん。無事と言えば無事」
「なにそれ?」
「結局気味が悪くなって学校の夏休み中に引越ししたのが最終オチ」
「怖いオチでなくてよかったけど、やっぱり怖い。その赤い傘の女って何?」
「なんだろうねぇ」
「うぇ・・・怖っ」