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不審物

とある国の空港でKはFに会った。
「なんだ?結局おまえと一緒か?」
とFは言って確認したら、今回はお互い別の任務に就いていた。
Fは本部に、僕は日本に向かうべくその空港にいた。
「休暇か?」
「お使いも兼ねてですがね」
「日本もいろいろ厄介だよな」
「島国ですから」
「ご近所さんは面倒な国が多いしなぁ」
話している内容はともかく、こうしてロビーで話をしているのを側から見れば、偶然会った顔見知りのビジネスマンにしか見えないだろう。
KもだがFも特に体つきがいいわけではない。
日本人のKも日系人のFも平均的な日本人の身長よりは高い方だ。
Fはなで肩のせいで華奢に見えるし、Kはどうしても胸板が厚くならない。
でも全体的に清掃局には軍人体型はあまりいない。
お陰で、各国の軍との合同作戦の際には、清掃局の人間はよくなめられていると感じることがある。
「それでいいんじゃない?」Fは言う。
「むしろ油断している相手の懐に入ることができて好都合だ」
ふたりが多少物騒な話をしていたところで周囲は気にかける風でもない。
「じゃあ、そろそろ搭乗手続きの時間なもので行きますね」と言うKに向かって「あぁ。気をつけて。よい旅を」とFが言った。
Kは顔を顰めた。
「やめてください。妙なフラグ立てるの」
「何だよ。それ」
Fも顔を顰めてみせた。

Kは大きくため息をついた。
搭乗してから40分が経過している。
携帯端末を取り出すとFにメッセージを送った。
「機内では滑走路でトラブル発生としかアナウンスがありません。そちらは状況把握できてますか?」
Kからのメッセージを待っていましたと言わんがばかりの勢いで、Fから返信が来た。
「滑走路に不審物」
「何かしらの声明があった模様」
「離発着する全機待機中」
立て続けに来たメッセージを見て、Kはため息をついた。
この状況をFは楽しんでいる。そう思った。
「不審物の回収に警察が到着したようだ」
Fがどんな顔をしてそれらを見ているか?Kは思い浮かべることができる。
機内にアナウンスが流れる。
管制塔のトラブルで、離陸まで時間を要するので、一旦空港の建物に戻って待機するという内容だった。
つまりは、ここにいるのが危険ということだろう。
不審物は何だろう?爆弾の類か?とKは思った。
機内は一瞬騒然とした。
満席ではなかったことと、ビジネスクラスに乗っていたこともあっただろう。とKは思った。みんな誘導されるままに飛行機を降り、空港内に戻った。
空港ロビーで待機することになった人々は、皆どこかに連絡をしている。
Kも端末を手にした。
電話の相手はここのどこかにいるKだった。
Kがコールを聞きながら、辺りを見渡すと、向こうからFがニヤリと笑いながらやってきた。
Kは電話を切る。
「ほら。余計なフラグを立てるからこんなことになるんです」
「俺のせいか?」
Fは笑った。
「現状はどうなんですか?」
と訊ねるKにFは端末の画面を見せた。
蓋のついた小さな水槽に見えた。
「液体爆弾だと言っているらしい。イタズラだろう」
Fは視線を窓の外にやる。
一般的な液体爆弾は2種類の液体火薬が混じることで爆発するが、水槽の中には仕切りは見当たらない。
「振動を与えると爆発するとか言っているらしいが、じゃあ、おまえはそこにどうやって持ち込んだんだ?だよな」
「そうなりますね」
もしも新型の爆弾だとしてもそういう情報は清掃局に入ってきていない。
「何かしらの要求とかは?」
「そこは聞いていない」
Fは本部を介して、今空港で起きていることの情報を得ていると言った。
そうだろう。直接任務に関係しない場所で、清掃局の局員は身元を明かすことはない。それに身元を明かしたところで、簡単には情報は開示してもらえない。
「もしも、回収などの依頼があったら俺が対応することにしているけど、おまえもここにいるのは本部が把握しているから」Fは言った。
「俺がここに居られるのはあとせいぜい3時間だ。それまでにあれを回収できなかったら、悪いけどおまえ頼むよ」
「わかりました」Kが頷いた。
空港内にアナウンスが流れた。
滑走路側の窓から離れるようにとの指示だった。
ざわつきがピークに達した。
パニックにならないのが奇跡とも言えよう。
何が起きているのかわかっていないからこの程度で済んでいるのだろうと、ふたりは思った。
「本部から指示があるかもしれない」
ふたりは端末と繋がったイヤホンを耳に入れる。
「回収できても、飛行機飛ぶのはいつになるかだな?上空で待機しているのも結構いるからな」
Fはそう言うと少ない手荷物を肩に掛けた。あぁ、確かに任務だ、とKは思った。
任務の際は、必要な物質は現地で渡される。
Kは小さめのトランクを転がしていた。
「出番ないの期待しながら、コーヒーでも飲んでいようぜ」
周囲の喧騒の中で、ふたりだけはいつも通りのテンションで空港内のカフェに向かって歩き出した。

結局、地元の警察によって、不審物は回収された。
Fの言う通りそれは爆弾ではなかったが、中にはガソリンが入っていた。
「誰がなんのために置いたか?そこはもう警察のお仕事だ」
Fは空港を出て、ヘリで移動することになった。空軍の基地内から特別機で移動するという。
「じゃあ。また」
Fがそう言って歩き出した。
「えぇ。また」
Kが言う。
それは顔馴染みのビジネスマンの短い邂逅にしか見えない光景だった。